どんどんブログ更新が遅くなってしまい、すみません。

もしご興味がある方、同じような境遇のかたがいましたら、

細々ながらマイペースに書いていきますのでお付き合いくださったらうれしいです。

 

 

うつ病と診断されてからの生活はそれまでと一変しました。

いわゆる鬱の「急性期」と言われる一番落ち込みがひどい時期が続きました。

 

幸い私と会話をしたり笑ったり、

調子のよい時はそのように過ごすときもたまにありましたが、

ほとんど寝たきり・・・ひとたび鬱の波?がやってくると

正気を保つのもできないような状態でした。

そのたびに、娘をぎゅっと抱きしめて「大丈夫!大丈夫!」。

本当はどうしていいかわからなかったけど、こうすると少し娘が落ち着くので

抱きしめることが習慣になりました。

 

 

高校は全くいけない状況がしばらく続きました。

この時ほど、通信制高校に通っていてよかった・・と思ったことはありません。

発病するまでは、毎日ではありませんでしたが、それなりに登校し授業や好きなことのレッスンを受けたりしていましたが、それらも全くストップしてしまいました。

 

正直、授業や卒業、高校生活・・というより

生きるか死ぬか、という状況だったと思います。

 

急性期のぼんやり寝たきりの時期が過ぎて、

少し活発に動けることができるようになると、

突然希死念慮に襲われた時が怖い(自殺リスク)と知っていたので、

毎晩付き添ったり、夜中におかしなことをしないか心配で眠れない日が続きました。

母である私も少し精神的に不安定になり、初めて精神科に行きました。

精神科の先生に話を聞いてもらい薬を処方してもらいました。

早めに対処できてよかったと思います。

精神科、娘のことがあるまで無縁で敷居が高く感じていましたが、

実際いってみるともっと気軽に頼ってもいいところなんだなぁと感じました。

 

娘は突然、うつの波がやってくると、泣き出したり叫んだり。

他の家族も怖かったと思うし、私も正直怖くて仕方なかったけど、

その気持ちにはふたをして娘と他の家族に「大丈夫!大丈夫!」と言い続けました。

大丈夫なのかなんて、わからないけどそうやって自分自身も落ち着けていました。

 

そんな状態が3~4か月続いたでしょうか。

抗うつ薬、精神安定薬、睡眠薬などを服用しながら、

娘が不安なこと、〇〇しないといけない!と考えていることなど聞きました。

なかなかすぐには良い状態にはならなかったけど、

少しずつ、SNSを見られるようになったり、人との繋がりを取り戻したり、

本当にちょっとずつですが、社会と繋がれるようになってきたのです。

 

急性期まではずーーーっと、うつの海の底に沈んでるような感じ。

それを抜けると、調子のよい時は、ちょっとだけ人間界?に戻ってこれる。

でもうつの波がくると、また海底に沈んでしまう・・

そんな感じ、アップダウンの激しい状態でした。

それでも、すこしずつできること(お風呂にはいれたりLINEをみれたり)が増えてきて、小さな変化を一緒に喜んだりしていました。

 

うつ病になってからは正直高3を続けられるか、

もう中退?留年?ということを密かに覚悟していました。

 

通信制高校は、ほとんどの場合授業を受けに行かなくでも大丈夫ですが、

自宅でオンラインの授業を受けたりレポートを提出して単位を取るシステムなので、

前半半年間は、まったくそれらに着手できない状況が続いたからです・・