高校3年になる時の春休み頃、うつ病と診断されました。
そこから1年間、病と闘いながら卒業のために頑張りました。
そして、念願の「同級生と同じタイミングで」卒業することができました。
そのことを書いていきます。
高校2年まではしっかりと単位も取っていた娘。
問題は高3の1年間でとらなければいけない単位認定のためのレポート提出、宿泊のスクーリング、そして、卒業をかけた試験、でした。
3月から夏くらいまでは、どっぷり気持ちが沈んで動けなかったり、
食事もあまり食べられなかったり、ほぼ布団に寝たきりの状態。
とっても心配でした。
こんな状態で学校の勉強なんてできるわけない・・そんな感じでした。
娘は婦人科で処方された超低用量ピルも服用していましたので、
血栓のおそれがありました。
普通に活動する学生なら問題ないのでしょうが、
1日寝たきりとなると話は違います。
夜、不安定な娘と話したりしながらマッサージをしていたのですが、
このころは、足の裏のメンタル&自律神経によいツボ指圧、
そしてふくらはぎをしっかりと強めにマッサージというメニューで
毎晩頑張っていました。
ひとたびうつの大波がやってくると、もはや獣?のようになる時もあり、
本当にしんどかったのですが、
じっくりゆったりと体をほぐしていると
ささくれだった心が落ち着いてくるのがわかりました。
基本的にコントロールできないうつの波ですが、
薬ではないもので落ち着かせることはできないかなと試行錯誤して、
すこしずつ対処法を身につけていきました。
とはいえ、正気でいる時の方が少なくて、時々元気な日があって活動しても
翌日その反動でどっぷりと沈んでしまう、、、の繰り返し。
そんな日々を秋くらいまで続けていました。
そんな状態でしたからなかなか机に向かうのも大変でした。
レポートの量がとても多く、
そのことも娘のメンタルを悪くさせている原因となっていました。
それでも体調の良い日に、少しずつ、少しずつレポートをこなしていきました。
何回も書きますが、起立性調節障害を発症して安定的に登校が難しい場合、
うちのようにうつ病などメンタル疾患を発症した場合など、
通信制高校に通うことで、一歩でも将来に向かって歩みを進めていけるのは、
本当にありがたいことだな、と痛感します。
親である私は、子どもがいわゆる普通の高校に行けないということが少なからずショックでした。初めはその状態になったことを残念に思ったりしましたが、だんだん「全日制の高校でワイワイ高校生活を送ること」よりも、「自分らしく無理のしない行動パターンや考え方を身につけてこれからの人生を歩いていく方法を学べたこと」の方が実はよかったのではないか、と考えるようになりました。
お医者さんにいわれたのは、学生の今、発症してよかった、ということ。
経済的に負担のない、親の目が届く実家にいるうちに闘病しながら経験を重ねて、
今後の人生に立ち向かう武器が手に入った、と。
そう思えば、今は不幸中の幸い、という感じがしています。
もちろん普通の青春を送ってほしかった・・とも思いますが・・
こればっかりは仕方ない!と。
とにかく前向きにとらえています。
冬になりいよいよ卒業のための単位が残り〇〇という時期になり、
娘は最高潮にあせっていました。
うつ病にとって「~しないといけない!」とか焦りってホントに禁物です。
でも、これだけは乗り越えなければいけない。
正直、留年は視野にはいっていました。でも本人はやはり、今年がんばりたい、と。
レポートはなんとかがんばって終わらせることができました。
でも最終関門、ラスボスが、卒業認定のためのスクーリングです。
本来は宿泊しなければいけませんが、診断書をだし、特別に通学で全科目の授業を
うける許可をいただきました。とてもありがたかったです。でも・・
通学スクーリングにしていただいても、精神的に不安定だった娘にとって丸2日間、朝から夕方まで授業を受け続けるというのは、本当に至難の業でした。
中学までは当たり前にやっていたことでしたが、本当に難しくて・・・
お医者さんと相談し、普段より多めに薬を処方していただきそれを飲んで、なんとか綱渡りのようにして全行程を修了することができました。
・・・・
・・・本当にこの時は、心の底からほっとしました。
それまではずっとつらい涙を流していましたが、
久しぶりに、うれし涙がとまりませんでした。
娘の症状は決して軽いものではなかったと思いますが、
うつ病をかかえながら1年間もがいてもがいて
なんとか念願の卒業のゴールに到達することができました。
はっきりいって、奇跡のような感じでした。
卒業が決まり、娘の症状は目に見えてよくなっていきました。
どんどん、シャットアウトしていた友達とも会えるようになり、
出かけることもできるようになっていったのです。
それまで廃人のような1年をすごしていた娘でしたが、
高3になって初めて制服をきて毎日友達と遊びだしました。念願の制服をきてディズニーランドにだって行きました。
卒業式までの1か月、女子高生を満喫できたのかな。時間を取り戻すかのように過ごしていました。最後にそんな時間を持つことができ、・・・・感無量でした。大きな会場で行われた卒業式では、本当に泣けてきて大変でしたが、受験も試験も部活もほぼない高校生活でしたが、別の意味でとても頑張った時間だったと娘を誇りに思いました。
もちろん病気の症状はまだまだ続いていくのですが、明らかに、卒業という大きな負荷がなくなったことで、心が大きく解放されたのだと思います。