魔法の秘密基地。 -17ページ目

変化

一昨日、お別れをした。
色々言いたい事もあるけど不思議と別れる前より今の方が何倍も好きだ。

人間は、と言うより自分は汚いな、と思う。
いつまでもべたべた一緒に居ることが愛情ではないと思っている。
お互いが甘えあって生きているなら尚更。

嫌だな、別れたいなって思っていたし、実際自分の口から別れを切り出したのに、愛おしさで涙がでてくる。

自分の汚さにまた涙する。

文藝春秋の増刊、くりまが俳句特集。
ついつい買ってしまった。
“たった17字で、人生のよろこびが倍増する”

って少し宗教的な安いキャッチコピーに誘惑された。

安いなぁ、私。


人はいつだって、巨万の富や地位にあろうとも、木々の梢や名前もない花や子供の笑い声に心を動かしたいんだと思う。
今日はこの本がよく売れた。

きっとそういう事なんだと思う。

年明け

一発目、風邪を引いた。
元旦の朝、起きると綺麗な夕焼け色の痰。

あー、朝なのに夕焼け見れるなんてなぁ。なかなかシュールでいいじゃん。

というワケにはいかない。
ただの
蓄膿。
正解。

しかし鼻で息を出来ないのは辛い。
私の鼻の穴はデカい。普通の人の二倍はある。そこが塞がり、口呼吸をする。
口呼吸って疲れるね。

まぁでも2010年、厄落としだと思うことにした。

今年はいい年にしたいと思う。就職活動もやるし、詩も書く。書かなければならないワケではない。前向きな未来のためなら別れも選ぶし、さぼりもする。

“幸せ”なんて今はまだ全然解らない。死ぬ前に解れば上等だ。

毎年毎年がごく当たり前だけど通過点。
でもなぁ、まだ年越した感じしないんだよなぁ。

ポールオースターとボブとミッシェル

今日急にポールオースターが読みたくなって本屋に行った。
前に友達に進められたムーンパレスが非常に面白かったからだ。
今回は“孤独の発明”を。わくわくするぜ。
大体少しだけ読むと自分に合うのか、合わないのかは解る。合わない本だと“絵”が全く浮かばない。だから読んでない本ばかり溜まる。


基本的に外国文学は読まない。ついでに洋画も観ない。
正直に言うとカタカナの名前が覚えられない。
平仮名や漢字は覚えられるのに、不思議。
たまに“ボブはがりがりに痩せ細り、肌は赤褐色だった”みたいな事が書いてあると気が動転する。

“ボブ”という名前の先入観。

フライドチキンとピザをローテーションで食べ続け、豚のガソリンであるコーラを絶えず飲んでいなければならない。

ぱんぱんに張った頬にはそばかすは必須。

オーバーオールがよく似合うし、おやつはドーナツ。

そのせいで話の辻褄が合わなくなったりする。
先入観って怖いよね。

久々に昔の友達と連絡とったら“自伝完成まであと1年ちょいだね”と…

そう、30になったら自伝を書くと言っていた。
忘れてた。

アベフトシがこの世にいなくなってからミッシェルのCDやらDVDやら映画、フィルムコンサートがある。

バンドが解散して、メンバーが1人いなくなっても追いかけられるのは嬉しい事だ。
チバの最近のバンドのをよく聴くようになった。
ミッシェル初期からのファンや思い入れが強い人は好きじゃない、チバが衰えた、と言う。
だけどあれから6年経つもん。
唄いたい事も変わるし、声は色んなモノを連れて回ってる感じで今の方が好き。
カレーを煮込みながら思った。
時間をかけると美味しくなるのだ。
その時間だけを切り取ってみても何もドラマはない。