フルタイムワーママの潰瘍性大腸炎ブログ -6ページ目

フルタイムワーママの潰瘍性大腸炎ブログ

私の病歴を少々。2011潰瘍性大腸炎発症大学病院へ転院1日20回の下痢、下血、日常生活、就労困難レミケード点滴、G-CAP、ステロイド、免疫抑制剤様々な治療を繰り返すも緩解せず。主治医の勧めにより2015年 広島漢方服用開始2016年腸重積緊急手術回盲部切除

一日は手術室横にある病室で過ごした後

 

一般病棟へうつることに。

花粉症の為、鼻水がひどくて

どうしても酸素吸入の鼻チューブを取りたい!と看護師に直談判。

 

なんてわがままな患者でしょうか。

 

タンなどを吸引する機械を持ってきてくれたので

これで鼻水吸いますか?

と看護師さんも気を利かせてくれ

 

自分で鼻からその管を通して鼻水の吸引を行いました。

 

我ながら

本当に変わった患者です・・・。

でもそのおかげでスッキリしたのでした◎

当たり前ですが

手術後は

安静と絶食です!!!

 

ここから2週間近く

スポンジに水を湿らせたものだったり

とにかく食べれなかったです・・・。

 

それどころか

 

手術した所の痛い事痛いこと・・・

 

もう痛み止めなしには耐えれません。

 

およそ20針。

 

キレイにぬいぐるみの様に

縫い合わせた所の痛々しい事。

 

小2の娘が見て「ギャー」見なければよかった・・・

 

と悲鳴をあげるほどでした。

こんなに大変だったんだよ!とリアルを伝えたかった母でした。

意識は戻った。

とりあえず生きてた。

 

まだ麻酔が効いてるせいか

腹部はまだ違和感。

 

開腹手術ってこんなにつらいのか・・・・

 

という事はのちに知る。

目が覚めると・・・

いろいろな点滴の管に繋がれて

 

病室にいた。

 

どうやら

 

手術が終わったようだ。

 

今が何時かもわからない。

 

酸素マスクが苦しくて

 

自分の腹部になんとなく目をやると

 

大量のガーゼでおおわれていた。

 

とりあえず

 

手術は終わったようだ。

気が付くと、病室から手術室へ運ばれている途中でした。

旦那が隣にいた事はなんとなく覚えてる。

 

お名前は、薬のなんかは・・・・

 

とにかく麻酔科医の人が話しかけてくる。

でも痛みでそれどころではない。

 

外科医がいう。

 

「今はお辛いからあまり同じ質問はしないように」

諭されてる・・・本当に痛いんだよ・・・苦しい・・・とぼんやり思いながら

手術室に入ったんだろうな・・・

 

麻酔が効いてからは記憶がない。

 

 

点滴を

 

色々な種類を試しても効かず

 

手術室もなかなか空かず

 

小児の緊急手術が入ったなどと言われたが

それどころでなく

とにかくただただ

 

待つしかない一晩でした。

とにかく痛い

 

何をしていても痛い

 

病室のベッドで唸っていました。

 

緊急手術で

 

同意書を書く為にベッドから降り

車椅子で

説明する部屋に主人と行く。

 

もう無理。

 

と思いながら

どの様に手術をするか

手術をする際の最悪のリスクの説明などを受けながら

「その可能性はないと

ないけど、一応」と

 

人工肛門のマーカーもつけられました。

 

この痛みから早く解放されたくて

話は半分くらいしか耳に入ってこなかったです。

 

娘たちも心配だし、とっとと痛みから解放されたい・・・

 

ただそれだけでした。

 

 

緊急手術が決定。

昨日の救急隊員と当直の医者を恨んだ。

 

だから救急車を呼ぶレベルで痛かったのに・・・

 

マンションの一室から歩いて行ってしまった自分も恨んだ。

 

まさか

緊急で回盲部切除しなければならないなんて

 

緩解していたのに

 

なんで

こんなに痛いのと・・・

 

手術室が空くまで

色々な種類の痛み止めの点滴を

し続け

痛みに意識が朦朧としながら

トイレに這いながら

また一晩待たされたのでした。

担当の医師が緊急で大腸内視鏡をしてくれる事に。

末っ子の

卒園式の次の日にまさか自分はこんな事になるなんて思いもしない。

自分ってなんでこんなツイてないんだろう・・・そう思いながら

緊急内視鏡でわかった事は

 

小腸が大腸にはまり込んでしまって

カメラでいくら

押しても戻らないとの事。

 

大人でも非常に珍しい症例の

「腸重積」

という診断でした。

 

緊急で切除しなければ

その部分から壊死が始まってしまう、と

言われた瞬間

 

早く手術してくれ!!と心の中で叫んでいました。

 

 

救急車を呼ぶも

私が普段から痛みに強く、自力で階段を降りて

救急車が停車している所まで行けた為

 

サイレンも鳴らさずに

普段かかっている大学病院に向かう事に。

 

当直の医者には

持病の潰瘍性大腸炎の痛みかもしれませんね~

と流され、その日は痛みでもがき苦しみました。

 

救急病棟で一晩過ごし、

腹痛と吐きまくり

もう吐くものがなくなり

緑色の吐しゃ物を見た瞬間に

自分の死を予感しました。

これはのちに胆汁だと知りました。

内容物がなくなると緑色の胆汁が出てくるそうです。

 

幼い子どもを3人自宅に残したまま

(パパは仕事を休めたようでしたが・・・)

救急病棟で一人苦しみながら

あの夜はとてつもなく長く感じました・・・。