結局部分的にしか観ていなかったので、ちゃんと全部観ることに

VIVANT

 

(バルカ共和国は架空の国です)

 

個人的には、ほぼ全部の役を日本の方が演ずることは、かなり違和感ありますが、

予算や時間的に、仕方がないことで(キングダム などでも、仕方ない)

 

モンゴル語を話す人々が、みんなものすごく流暢すぎる日本語を話す人ばかりなのは、

元はきっと誘拐された日本の子だったんだろう とか

 

(しかし、俳優さんたち、違う方向に、台本覚えるの大変だったろう)

 

広大な砂漠などでのロケ撮影などに、

ある程度の時間やお金がかかっていることに感心しました。

 

私は、数えるほどの先にしか、旅できていませんが、

向こうに何もない砂漠の中に立つ ということを何度か経験したので思うんですが、

音が吸われてしまうのか、本当に音がなくて、無音なのです。

 

遊牧の人たちは、方向感覚が優れているし、体内時計と、太陽の位置などで時間もわかるのでしょうが、

私たちが、ポンと砂漠に置いていかれたら、まともに歩けないし、時間の感覚もなくなると思うので、

とにかく、生きて帰るのは絶対無理だな とか想像します。

 

水分無いのに、なんでかハエはいる。

(アド砂漠(架空)を渡るラクダの目の周りにも、ハエがいると思う)

 

そして、ああいう場所に住んでいる人たちって、めちゃくちゃ目が良い。

はるか向こうの岸壁の黒い点を、あれはヤギ とか あれは羊 とか

数もわかってるし

 

乙嫁語りのロケ地(ロケしてないけど)中央アジア中心にも旅行してみたいなあと思っています。

森薫先生 早く良くなりますように。

 

で、関係ないんですが、

思い出したので、過去に書いていたものを再度

 

 

踊りが上手いとか、

演奏が上手いとか、

それがどうではなくて、

 

あらゆるジャンルにおいて、

ミュージシャンさん、ダンサーさんなどで、

その文化や歴史、ちょっとしたエピソードでも、

知らない人に興味を持ってもらうにはどうしたら良いか常に考え、

噛み砕きつつも、玄人好みなエッセンスもあるように表現する方は、本当に尊敬します。

 

オリエンタルダンス(ざっくり言うとベリーダンス )

は、キャッチーそうに見えて、マニアック過ぎ、

学ぶ事は、あまりに多く、

死ぬまで結局何も分からないのかも

 

何故 

あの あまりにも繊細なのに、雑多な、

神聖なのに、猥雑な、

音は疾走するのに、まるで時間が止まったような、

それぞれの歌声にまで、微細な音階があるような、

まるで何者かに突き動かされているような、

土埃と乾いた場所から生まれる音楽や踊りの世界に惹かれるのか というと、

 

〇〇〇〇発祥だから

 

〇〇〇のハーレムで出来たから

 

動きがカッコいい

 

スタイル良くなる

 

とか、そんなことじゃなく、

 

あらゆる地域から集められた人々が、

あらゆる地域を通過しながら移動した人々が、

追われたり、追ったり、

勝ったり、負けたり、

搾取したり、されたり、

豊かだったり、貧しかったり、

祈ったり、祈らなかったり、

生かされたり、生きられなかったり

 

連綿と紡いだ音の感覚やリズム、

動作で成り立っているのを、感じるから、

スコアに表せない、決してデジタルには成り得ず、

原初的なものが、ループして繰り返されていき、

解放しつつも周りを取り込んで行く事が、

気持ち良い事。

 

ヨガ的にアムリタ(甘露 自分で創り出す なんともいえない心地良さ)は、

多分アラブの人のタラブの一端

 

1つでも多く、偽りなく、深く響くものに出会いたいなあ と思っています。

 

طرب tarab