昨日の深夜に書いて投稿したかったんですが、上手く頭が回らなくて無理でした。
眠くて。
もう眠くて眠くて仕方がない。
どうやら自分は、脳が処理しきれない事態に陥るとやたら眠くなってしまうらしい。
脳の防衛本能的なやつか。みんなそうなのかな。
もう何も考えたくない……ってえりぽんの卒業発表の直後にも言った気がする。
それにしても、2025年はいったいどうなってんだ。
まだ始まって20日弱なのに、いろいろありすぎてメンタルがキャパオーバーどころじゃない。完全にオーバーヒートしちまうよ。ズタボロだよ。
実を言うと、おんちゃんの騒ぎで結構メンタルがやられましてね。
何がどうやられたのかってのはひと言では言えないもので、変にこじらせたというか、要するに無駄にいろいろ考えすぎて(主に心配など)情緒不安定になってたんですが、まぁその詳細はいずれ書くかもしれないし書かないかもしれない。(あの子に対するマイナスな感情とかは全然ありません。念のため)
とにかく、最近それがようやく安定してきたところだったんですよ。
安定して初めて、あのときはだいぶ不安定になってたんだなとわかる。「あのとき」と言ってもついこないだなんですが。
でも、あぁ……
さゆが。
最初にまず、愚かで情けないヲタクの弱音を吐露していいかな。
あとからちゃんとさゆへの感謝の気持ちも書くので。
正直、現役メンバーの卒業発表と同じかそれ以上の寂しさを感じてる。
自分でも驚くほどに。
こんな日が来るとは……ってやつだ。
あぁなんだか、同じ6期の亀ちゃんが卒業発表したときと似た気分だ。
あれは切なかったな。
そう……切なかった。
オレは勝手に、さゆは表舞台にずっといてくれるような気がしてたのかもしれない。
まったく、とんだばかやろうじゃないか。
ずっとなんてないんだ。
そんなもの、奇跡でも起こらない限りないし、奇跡が起こったとしても本当の“ずっと”なんてないのに。
そういえば、このブログでは最近はあまりさゆのことは書いていなかったかもしれない、と思って。
どうだったかな。
見返すのも面倒なのでしないけど、たとえブログに書いていなくとも、さゆのことは結構見て聞いて考えてたんですよ。日々。
SNSが投稿されると嬉しかったし、たまにやってくれるインスタライブはいつもリアルタイムで見てました。
そういえば去年、なぜかさゆの過去の全インスタライブを暇さえあれば見返す(しかも2~3周)というのをやってたなぁ。
自分のなかで、6期のさゆとれいなはいまだに現役アイドルみたいな存在で、いまもこうして表舞台に立っていろいろ発信してくれていることに、常に感謝してはいたんだけども。
それもまぁ永遠ではないんだと、思わざるを得ないよな。
当たり前なんだけどさ。
引退したら、もう会えなくなるのか。
もう見れなくなるのか。聞けなくなるのか。
未練がましいヲタクで申し訳ないけど、SNSだけでも続けてくれないだろうかとか、そんなことを思ってしまったというのが正直な気持ちで。
どうなんだろう。お知らせにもそこまで細かいことは書いてなかったけど、可能性はなくはないのかな。
でもそれは、さゆの大きな決断を無下にする願望なんじゃないかとも思って。
ハッキリと明言されたわけではないけど、そういうこともしないという意味で、「活動の全てを終了いたします」と言ったんじゃないか。
そうなのだとすれば、この願いは無粋よな。
コメント等で本人に伝える気はないけども、さゆに「ごめんなさい」とは言わせたくない。
じゃあもう、その姿を見ることは叶わないのか。
声を聞くことも、できなくなるのか。
あぁ。
道重さゆみがいない世界が来るのか。
いるけど、いない世界が。
そのことがひどく、ひどく寂しい。侘しい。
デビューからずっと、22年も見てきたんだから、そりゃあそうだろう。
最近よく思うけど、長く活動してくれるのは本当にありがたい反面、長ければ長いほど、卒業や引退が耐えがたくなる。
こんなものを24年間、何度も何度もよく耐えてきたもんだと自分に感心してしまう。
近頃はもう、こういったことをひとつ乗り越えるたびに、魂のどこか一部分が燃え尽きてなくなっていくのを感じなくもないです。
また火がついてくれるのかどうか、少々心許ない。
そんな風にちょっとまだ受け入れきれてはいない状態なんだけども、さゆに対する感謝の気持ちは溢れんばかりにあります。当然。
どれだけ感謝してもしきれない。
これからもずっと、さゆの幸せと健康を願い続けたい。
モーニング娘。卒業後に多少の休業があったとはいえ、22年もの長いあいだ、ずっとずっと頑張ってきてくれた。
ファンを楽しませてくれた。幸せにし続けてくれた。
本当に本当に、ファンのことを愛してくれる人だから。
いつもファンのことを想ってくれている。ファンが喜ぶことを考えてくれている。
そんな人が今回の決断を下すまでに、いったいどれだけの苦悩と懊悩があったのか、想像するだけで胸が苦しくなる。
報告文のなかでさゆは「ごめんなさい」と言っているけれど、どうか謝らないでほしい。
どんな選択であっても、ファンがそれに対して不満を持つことなんて絶対にないから。
寂しくはあっても、「嫌だ」なんて言わない。言えるわけがない。
誰よりもファンのことを想ってくれていることを、ファンはみんな知ってるからね。
溢れてくるのは、どうしようもない寂しさと、抱えきれないほどの“ありがとう”の気持ちだけ。
23年の末に公表された強迫性障害のこと、あれ以降は特に言及もなかったから多少は落ちついてきてるのかと思ってたけど、そうでもなかったのかな……
写真や映像、ステージでの姿からは伺い知れない部分で、ひとり苦しんでいたのか。
その苦しみから解放されるのであれば、それはファンにとっても安心であり、救いでもある。
活動の一部を制限したまま、今後もできることだけをやっていくという道もあったかもしれないけど、それはさゆのプロフェッショナルな部分が許さなかったのかもしれない。
もっと緩く、休み休み、できそうなときに、できることだけでいいよ。だから……
そう思う気持ちもこちら側にはあるけど、それはプロとしての道重さゆみが許さなかったのかもしれない。
それは、その姿勢は、とてもかっこいい。
小田ちゃんがブログに書いていたように、それはとてもかっこいい最後だと思う。
あぁ本当に。
ずっとずっと、長いあいだ頑張ってくれてありがとう。
22年前の、あの3人無言の6期合格発表からずっと。
道重さゆみを応援してこられたことは、何にも代えがたい幸せです。
れいなのインスタ投稿も泣けるなぁ。
あと半年とちょっと。
どうせあっという間なんでしょう。
最後に、ライブ行きたいな。さすがに。
さゆが、ステージに立つ道重さゆみとして最後の瞬間まで、そしてそれから先の人生も、ずっとずっと幸せに包まれていますように。
たぶんまたこんな感じのブログ書くと思いますが、今回はとりあえずこの辺で。