他の話を書こうと思っていたら、さゆのお知らせが出ていたのでそちらを。
ううむ……
強迫性障害とのこと。
そうか……
正直ヲタクにできるのは少しでも良くなっていくことを祈るしかないんですが、もうちょい話を続けましょう。
お知らせの文面を見るに、「いくつか特定の仕事上で過度なこだわりや過敏な行動があり、本人から強い不安感や恐怖心があるとの申し出がありました」とあります。
特定の仕事上。
ってなんだ。
いやでも、「過度なこだわり」という部分についてだけ言えば、想像できるものはある。
と思っているところにこれがきて。
ワニブックスのカレンダーに書く予定だったサインがなくなりますよのお知らせ。
サインが「活動を制限」のところに抵触するということは、やはりそういうことか、と。
要するに書き物系のお仕事がダメということでしょう。おそらくですが。
たしかに、これまで何度か書き物インスタライブ(その名の通りインスタライブで書き物をする配信)を見てきたなかで、さゆの、書き物に対する強いこだわりは垣間見えていました。
書く内容も、それを書くためのペン類にもこだわりが強く、ちょっとした妥協も許さないところはあったよなと。
詳細は忘れましたが、「ジンクス」に関してのこだわりを語ったこともあった気がします。
それがまさか強迫性障害と診断されるまでのものだとは思ってませんでしたが、そうであってもおかしくはないと思える程度には、その手の気質があるようには見えました。
それだけではないのかもしれませんけど、そういった書き物系の仕事が大いに関わっている可能性は高い。
コンサートなどに関しては医師の診断を仰ぎつつ続けていく旨を明記しているので、そういった点から見ても、おそらくは。
強迫性障害というものが具体的にどういったものか、わたくしはほとんど「知らない」と言っていいレベルです。(ネットで調べてもいません)
なんとなくの印象とか、どこかで見聞きした症例とか、その程度。
ちなみにこの記事のコメント欄の上部にはその手の専門家による見解が書き込まれているので、参考にするのもよいでしょう。
とにかく、厄介であり、簡単なものではないということはわかりました。
こう言っていいのか悩みますが、この手の疾患には自分も心当たりがないではない。
というか、日常茶飯事と言っていい。
それがどの程度のものなのか、重度なのか軽度なのか、あるいは強迫性障害とは無関係なのか、医師の診断を仰いだことはないのでわかりませんが。
いやたぶん、ほんの軽いものなんでしょう。
誰もが少なからずそういったものを抱えているんだろうなと思ってこれまで生きてきたので、そうじゃないと困る。(困りはしない)
自分の場合、抽象的な言い方になりますが、「あれをしたら、あれをしないと、自分や周りの人に良くないことが起こる」みたいなことを考えてしまって、それをしないことには気持ちが落ち着かない、みたいな。
なんのこっちゃですね。
しかしこれは説明がしづらい。
たとえば、「自分の大事な人が良くない目に合う」という想像を一瞬でもしてしまったら、脳内でとあるプロセスを踏まないと、良くないことが本当に起きてしまう――という思い込みに囚われてしまう。
でも思い込みと言っても、本気でそう信じているわけじゃないんですよね。
思っただけでそれが現実のものとなってしまうわけがないし、それは重々わかってはいる。
でももし良くないことが起きてしまったら、それは自分がそれ(プロセスを踏むこと)をしなかったせいかもしれない……と考えてしまう。
これは理性でどうにかできるものではなくて、それこそ強迫的な精神のバグみたいなものな気がします。
ちなみに「プロセス」がどういうものかというのは、言葉で説明するのが難しいし、説明しても意味不明だと思うので省きます。
自分にしかわからない手順を脳内で踏む、ということです。
そういったことを、日常のいろんなシーンのなかでやってしまう。
とあるワードを見聞きしたときにもしますね。
自分にとって聞きたくない、忌まわしい言葉があり、それを見聞きしてしまったときにも同じように手順を踏んで(脳内で)解決しないと落ち着かない。そのせいで良くないことが起きてしまうんじゃないかという思いに囚われる。そんなことを1日に何十回とやっています。
なので、わりとめんどくさいです。
ドライヤーで髪を乾かす直前にやる手順や、夜寝る前に自分の部屋のドアを閉めるときにやる手順なんかもあります。毎日必ずそれをやる。
あくまで脳内でやってることなので、見た目にはわからないでしょう。しかしその間は傍目には静止してることが多いので、見られたら不思議に思われる可能性は高い。
そのせいか、あまり周りに人がいない場所や時間にそれをやることが多いですね。「何してんの?」とか「どうした?」と聞かれたくないので、無意識がそういう場面を選んでるというのもあるでしょうし、意思の力で抑えるときもあります。
まぁそれが強迫性障害と関係あるかないかはわかりません。
ましてや、さゆの今回の症例とはまったく別物かもしれない。
(わたくしの場合もそれが「不安」や「恐怖」に起因しているという点では近いものはあるかもしれませんが)
少なくとも日常生活に大きな支障をきたすわけではないので、医者に診てもらったりすることもなくいままで過ごしてきました。
どうでもいい自分語りが長くなりましたが、何が言いたいかというと、人の心というのはあまりにも複雑怪奇である、ということです。
あくまで自分の所感ですが、とにかく脆い。
人の心は脆い。
ちょっとしたことで穴が開くし、傷がつくし、崩れ去ってしまう。
そしてとても奇々怪々です。
理屈が通じない部分があるんですよね。
理性でどう抑えようと、まったく通用しない何かが棲んでいる。
頭ではわかってるのに、どうにも逃れることができない魔がある。
本当に、意味わからんな心って。といつも思います。
頭おかしいんじゃないかな。心とかいう奴。
これは自分の場合ですが、大人になればなるほどおかしくなってきてる気がするんですよねぇ。
子供の頃はここまで複雑怪奇じゃなかった。
もう少し気楽に、“心”なんてものをあまり意識もせずに生きていられた気がするんだけどなぁ。
大人になるほど心は脆くなり、自分でも持て余すほどに奇妙な動きを見せることが増えた。
理屈に合わんのよなぁ。
知識や経験も増えたのに、理性も常識も身につけたのに、心の制御は効かなくなるばかりだ。
話が突飛な方向にいってしまいましたが、どうか心も身体も健やかに、焦らなくていいから、自分を労ってほしいなと思います。
簡単に綺麗さっぱりなくなるものではないでしょうけど、だからこそ焦らずに。無理はせず。
少なくとも、自覚してそれを周囲に打ち明けて、きちんと医師の診断を受けられたことは良いことなんじゃないかと思います。
さゆの心がいつも健やかでありますように。