面白い本を読んだので、久しぶりに読書感想ブログを書こう。
(実に9ヶ月ぶりの読書ブログである。読書自体は毎日してる)
ダフネ・デュ・モーリア 『レイチェル』
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レイチェル (創元推理文庫)
1,296円
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かの名作『レベッカ』でおなじみのデュ・モーリアが書いた、「もうひとつのレベッカ」であるらしい本書。
近所の本屋ではとんと見かけたことのない作品だったけど、少し前に版元のフェアでいくつかの作品が有名な漫画家さんの表紙イラストで描かれて重版/復刊しており、そのなかの一冊だったため、田舎の本屋でも容易に手に入れられるようになった。ありがたい。
あらすじを簡単に言えば、レイチェルという女性の虜になった男の一人称で書かれた物語である。
語り手である主人公フィリップは幼い頃に両親をなくし、従兄のアンブローズが親代わりとなって彼を育ててきた。
そのせいかフィリップもアンブローズとよく似た人間となり、そのことがのちに悲劇を生むこととなる。(それは冒頭の時点で示唆される)
長い間自分の拠り所だったアンブローズが療養のため国外に行き、レイチェルと出会い、岡惚れし、ついに結婚すると報告され嫉妬に燃えるフィリップだったが、ある日アンブローズは病に倒れこの世を去ってしまう。
崇拝する従兄を死に追いやった(とフィリップは思っている)その妻レイチェルをどうしてくれよう……と思案していたところに、当のレイチェルが現れる。あらゆる罵詈雑言を用意していたはずのフィリップは、レイチェルの人柄を前になにも言えず、それどころか好感を持つようになり、ついにはアンブローズ以上に彼女を愛するようになる。
これがもうメロメロと言ってよく、読んでるこっちが恥ずかしくなるくらいのぼせ上がっているのだ。
最初あれだけ憎んでいたくせに、あっさりと篭絡されてしまった。
もうすぐ25歳になろうとしているフィリップ君は、世間知らずで思い込みの激しいお坊っちゃんなので無理もない。
読者から見ても、たしかにレイチェルは魅力的な女性に思えるのだから。
だがフィリップにはひとつだけ気がかりなことがあった。
生前、病床のアンブローズが送ってきた手紙には、レイチェルに対する猜疑と憎しみが綴られていた。
レイチェルは本当に、アンブローズの言うような悪女なのか。あるいはそれは、病に侵されたアンブローズの戯言に過ぎないのか。
物語の焦点としては、レイチェルが悪女なのか聖女なのかという点だが、そこまで派手なサスペンスが展開されるわけではない。
むしろ話は地味であり、レイチェルにしたところで何かものすごく怪しい素振りがあるわけでもない。
フィリップの心を苛むのは、死んだアンブローズからの手紙がほとんどだ。信頼する彼が、なぜこんな素晴らしい女性を憎んで逝ってしまったのか。それが彼の心にモヤモヤを生む。
果たしてレイチェルは、本当にファム・ファタル的な悪女だったのだろうか。
アンブローズとフィリップをここまでメロメロにさせたことを思えば、ファム・ファタルではあったのかもしれない。
しかしそれが本当にアンブローズの言うような悪女であったかは、読み終えてもハッキリわからないままなのだ。
後半、ある出来事によって主人公は情緒不安定になり、身体の具合もすこぶる悪くなって寝込んでしまう。(彼の軽率さが招いた事態なので、自業自得ではある)
どうにか一命をとりとめた彼は、だんだんとアンブローズの手紙の意味を実感するようになっていく。
猜疑と不信に苛まれ、それでもレイチェルを愛することをやめられない。
そんな不信の末、悲劇は起こる。
個人的な感想を言えば、どうにもレイチェルが悪女だとは思えない。
多少の問題はあったのかもしれないが、アンブローズやフィリップが思っていたほどの悪女だったかは疑問だ。
主人公が倒れたとき、苦しむ彼を何ヶ月もそばで介抱していたのはレイチェルだ。
しかもその少し前に、フィリップが勝手な勘違いで勝手な癇癪を起し、レイチェルの首を絞めるという事件さえあったのに、だ。
怒りに任せて首なんて絞められた日には、即刻家を出て警察に駆け込んでもおかしくない。
そのことで態度を固くしたレイチェルを見て、あろうことかフィリップは「私はそんなに悪いことをしたのか?」などとぬかすのである。もうどうしようもない。これだから世間知らずのお坊っちゃんは。
フィリップがそんな感じなので、余計にレイチェルが清廉潔白に見えてしまう。
しかしそう考えている時点で、自分もレイチェルのファム・ファタル的な魅力に囚われてしまっているのかもしれない。
彼女が本当に悪女だったのならフィリップにはあまりにも荷が重く、そうでないのなら彼はとんでもない過ちを犯してしまったことになる。
実際どうだったのであれ、レイチェルは気の毒な女性だった。
ファム・ファタル的であったとはいえ、決して派手派手しく妖艶な女性というわけではない。むしろ素朴で良識のある人なのだ。
ただ、一部の男を夢中にさせる何かがあった。
それが自らを、そして自分を愛する男をも、破滅へと導いたのだ。
本書は70年近く前に書かれた小説であり、いまとなっては目新しい部分はない。
にも関わらず、抜群に面白い。
惚れ惚れするような文章力と構成力、見事なまでのキャラクター造形。(翻訳も素晴らしい)
とにかく小説が巧いので、題材が使い古されていようがなんの問題もなく、それどころかこのシンプルな筋立てが作品をより引き立たせていると言える。
たとえ斬新なアイディアや奇抜なキャラクターがなくても、面白い小説は書ける。それを70年も前に証明していたことに、いまさらながらに驚いた。
蛇足だが、モーニング娘。ファン的に、レイチェルを脳内キャスティングで小田さくらちゃんにして読んでいた。
これがものすごくしっくりくる。
年齢設定としてはレイチェルは35歳なのでだいぶ離れてはいるけども、その辺はこう、都合よく変換してしまおう←
背が小さいことや、時折り少女のようになること、フィリップを子供のように扱うこともあれば、しっかりと大人として向かい合うこともする。
ハロヲタならば読めばわかる。
レイチェルは小田さくらちゃん以外にない。
演劇女子部で舞台化する際には、ぜひそういうキャスティングで。