サラ・ウォーターズ 『エアーズ家の没落』


エアーズ家の没落上 (創元推理文庫)/サラ・ウォーターズ

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かつて隆盛を極めながらも、第二次世界大戦終了後まもない今日では、広壮なハンドレッズ領主館に閉じこもって暮らすエアーズ家の人々。かねてから彼らと屋敷に憧憬を抱いていたファラデー医師は、往診をきっかけに知遇を得、次第に親交を深めていく。その一方、続発する小さな“異変”が、館を不穏な空気で満たしていき…。たくらみに満ちた、ウォーターズ文学最新の傑作登場。(Amazonより)




“このミス”で2年連続1位になったこともあるウォーターズは、自身がレズビアンであることを公言している作家でもあり、それは作品にも反映されていたりする。


『半身』や『荊の城』がそれで、特に後者はミステリとしても百合小説としても傑作なのでおすすめです。



そんなウォーターズだけど、今回は百合要素はなし。
そして、ミステリと呼んでもいいのかどうかすら定かではない、なんとも不可解な傑作を書いた。




語り手のファラデー医師は、ふとしたきっかけにより、少年時代に憧れていたハンドレッズ領主館へ訪問することとなった。
かつての栄光も今は昔となり凋落の一歩手前だった領主館には、エアーズ夫人とその娘と息子、キャロラインとロデリックが住んでおり、他には住み込みメイドのベティと通いの女中がいるのみ。


ファラデーは、訪問をきっかけにそんなエアーズ家の人々と交流を深めていく。



上巻の前半は若干かったるいが、100ページ前後にとある事件が起こる。


そこからはもう一気読み。
ファラデーとキャロラインの(いい歳して)不器用すぎるロマンスが邪魔だなと感じるほどだけど、それが終盤に効いてくるので無駄がない。




そして読了後に思うのは、「これはなんなのだろう」ということ。


あえてジャンルをつけるなら、ゴシックホラーだろうか。


しかし、明確な怪異と言えるものはない。
館の住人たちは、たしかに怪異のような現象には遭遇した。


しかしそれは、語り手のファラデーが“あとから聞いた話”として書かれているに過ぎない。
傍から見れば、ただ不幸な偶然が重なり、精神的に不安定になっただけと言えるだろう。


事実、ファラデーもそう言って住人たちを諭す。
「それは妄想です」「あなたは疲れているんですよ」と。


そう、頑ななまでに、怪現象を認めない。(実際に自分は経験してないから、というのもある)


医者として理性的に対応するのは当然だが、読者として、段々違和感をおぼえてくる。


“どうして彼はそこまで妄想や思い込みだと決めつけるのだろう”と。


ファラデーに、おそらく他意はない。
だが、それこそがこのエアーズ家の崩壊に繋がったような気がしてならないのである。



彼は、“まったくの善意”から、結果的にエアーズ家を滅ぼしてしまったようにさえ思える。


それに気付いたのは終盤になってからだ。
それまでは、よくあるホラーのように、領主館を蝕む見えない悪意(のように感じられるもの)にばかり気を取られていたけど、よく考えてみたら、彼がこの館を訪れるようになってから、不幸は始まりだした。


彼とエアーズ一家は上手くやっていた。


しかし、彼は自分が善であると信じて疑わず、良かれと思ってやったことは、結果的に館の住人を一人また一人と虚無へ誘うこととなってしまったのだ。


なにより恐ろしいのは、彼はそれをまったく自覚していないことである。


著者も、そんな風には書いていない。
ファラデーはあくまでこの物語の語り手であり、彼のせいでエアーズ家が没落したなどと匂わせてすらいない。


でも、彼もまた不安定な人間だ。
巻末の解説にあるように、“信頼できない語り手”として考えると、なにやら不穏な解釈が生まれてくる。




作中では、明確な答えは示されない。


霊の仕業なのか、人間の悪意か、それともただの偶然か。


答えがないということが、とにかく恐ろしい。


“なにか”がいたのかいなかったのか、いたとすればそれはなんだったのか。




「スッキリ解決」とは正反対の結末だけど、とにかく不穏でモヤモヤしたものが残るホラーチックな傑作小説。


久しぶりにこんなに没頭しました。ああ面白かった。