別に某男性アイドルグループの問題に触発されたわけではないけども、アンジュルム(スマイレージ)の改名問題について、いまさら考えてみたことがある。


なぜ1年以上前のことについて、いまさら書くのか。
もちろん理由はあるが、それは後述するとして。




そんなわけで、こんな妄想をしてみた。あくまで妄想である。





スマの改名の理由としては、当時初期メンの二人が説明した(させられた)なんとも曖昧なものがあるが、そんな明らかに説得力のないものは海の底に沈めておくとして、噂の範囲内ではあるものの、最もありえそうなものとしては「商標登録のし忘れ」というのがファンの周知のところだろうか。


それが真実にしろそうでないにしろ、改名を勧めたのはやはり初期メン二人ではなく事務所のほうだった、という見解はあながち的外れでもない気はする。確証がないとはいえ、どう考えても改名する理由(メリット)がない。ましてや二人がそれを望む理由がないし、そんな気配すらなかった。むしろスマイレージというグループ名をとても愛しているように見えた。




じゃあどうして事務所はそんなにも改名を勧めたのか。
そして、初期メン二人はそれを了承したのか。




ズバリ、事務所の偉い人からの「改名すれば君たちを推してあげよう」という囁きだ。



あるいは前後が逆の可能性もある。
「来年から君たちを推していきたいので、どうか改名してほしい」と。




仮に「商標登録のし忘れ」が真実だった場合、そこには事務所側からの謝罪という側面もあったのかもしれない。


事務所のミスで商標登録を忘れ、改名せざるを得なくなってしまった。
そのお詫びと言ってはなんだが、改名したあかつきには新生スマイレージをプッシュプッシュしてあげようじゃないか!というわけだ。



そしてそこには、現在に至る“脱つんく♂化”というおまけもついてくる。いやむしろ、それこそが本懐だったと言えよう。



仮に「商標登録のし忘れ」がただの噂に過ぎなかった場合、それがより濃厚になってくる。


なぜなら、商標登録云々がでまかせならば、いよいよ改名する理由がなにもない。
唯一あるとすれば、「つんく♂が名付けたグループ名を捨てなさい」という事務所側の要求くらいだろうか。


そう、つんく♂さんがプロデュース業から離れたタイミングを狙い、本格的な脱つんく♂化を図ったのだ。


考えてもみよう。アンジュルムというグループに、いったいどれほどつんく♂成分がある?


ない。アンジュルムになってからというもの、グループ名も、楽曲提供も、3期以降の新メンバー選定も、なにひとつ関わっていない。


つまり、元スマイレージであったグループは、見事な“脱つんく♂化”に成功したというわけだ。



それを推奨……いや先導……もしかして命令……したのは、事務所以外にない。メンバーたちが自ら「つんく♂さんから離れたいです」と言い出したとは考えにくい。



いずれにしても、事務所はスマイレージというグループを、つんく♂さんとまったく関わりのないグループに仕立て上げたかった。
君たち(メンバー)がそれを了承さえすれば、これまでが嘘のように推して推して推しまくってあげよう。そんなシナリオだ。



これは、改名が発表された当時にはなかなか思いつけなかったことかもしれない。


いまこうして考えられているのは、去年1年間を通してその実態を見てきたからだ。


事務所による、突然のアンジュルム(スマイレージ)推し。
アンジュルムの、いやハロプロ全体の、極端ともいえるほどの“脱つんく♂化”。


これらをもってして、ようやく「なるほど事務所はこういうことがやりたかったのか」とわかったのだ。


1年以上経っていまさら改名について蒸し返したのも、それが理由である。



そういえば、ハロプロではないが「THE ポッシボー」も去年、事務所の移籍と共に「チャオベッラチンクエッティ」という覚えにくくて言いづらいグループ名に改名し、これまたアンジュルムと同じように、それまでが嘘のように力を入れてもらっている。
穿った見方をすれば、つんく♂のつけたグループ名を捨ててこっちに来れば良くしてあげよう、という要求があったのだと邪推できなくもない。




じゃあ℃-uteは?℃-uteも去年くらいから(それまで以上に)プッシュされてるじゃないか。でも改名してないぞ?という疑問が湧く。


しかし、さすがに「℃-ute」というグループ名を捨て去るのはリスクが大きい、と事務所が判断したのではないか。


メンバーの卒業もなく、新メンバーの加入もないグループで、なおかつ歴史が長くてコアなファンも多い。改名は猛反対されるだろうし、そもそもスマイレージの改名理由が「商標登録のし忘れ」なのだとすれば、それがない℃-uteに改名する理由はない。


いずれにしても、℃-uteというグループ名はそのままにしよう、と考えた。
「道重が卒業していよいよモーニング娘。が全員後輩になったことだし、序列も入れ替えて、ノリにノッってる℃-uteをプッシュしまくっていこう」、スマの“改名”のような条件がなくてとも、℃-uteに関しては最初からそう予定されていたのかもしれない。


そして、アンジュと同じく見事な脱つんく♂化を図ることにも成功している。


2015年の第一弾シングルこそ『女性中間管理職』の作詞を手掛けているものの、以降はつんく♂さんの関わりはなし。
アップフロント内部から、外部の有名無名アーティストまで、いろんな人に楽曲提供をしてもらい、℃-uteからはみるみるうちにつんく♂成分が抜けていった。



Juice=Juiceもそう。


なにかと話題性が重要視される“テレビドラマ”という物語内アイドルのNEXT YOUは別として、J=Jも同じく“脱つんく♂化”を図り、いまの事務所的には成功したと言っていいだろう。



他にも、カントリー・ガールズ、こぶしファクトリー、つばきファクトリーなどなど、つんく♂さんの息がかかっていないグループが次々と生まれたのも同じ時期だった。





これらがなにを示すかと言えば、さっきからしつこいくらい書いている“脱つんく♂化”である。



どうやら事務所は、なにがなんでも脱つんく♂化を図りたかったとみえる。


しかしその先陣として、モーニング娘。は使えない。
モーニング娘。は、あまりに「=つんく♂」というイメージが付き過ぎていて、いまさら完璧な脱つんく♂化を図るのは難しいからだ。
対世間を考慮しても、「=つんく♂」というイメージを完全に捨て去ってしまうのはハロプロとしてのリスクが高い。


だから、事務所は℃とアンジュにそれを託した。


℃はそのままに、アンジュは改名&増員をして、脱つんく♂化の象徴と化した2グループをプッシュすることにしたのだ。







モーニング娘。以外のハロプログループから、つんく♂成分がごっそり抜け落ちた2015年。


こうなると、たとえつんく♂さんの病気のことがなくても、遠からずこうなる予定だったのかも……なんて考えてしまう。


病気があろうがなかろうが、「まあまあ寺田くん。君も長いこと頑張ってきたことだし、そろそろここらでひと休みしてはどうかね」と会長に肩を叩かれる運命だった……という想像だ。






そう、いかにも真実らしく書いてみたものの、これらは全部勝手な想像に過ぎない。


冒頭で「あくまで妄想」と書いたとおりだ。
こうして堅い口調で書いてるのも、妄想をあえてマジメに言う、というジョークなのである。伝わりにくいことだろう。



しかし、「じゃあ半分は本気なのかい?」と聞かれたら、本気とまでは言いませんがわりと筋は通ってるかもしれませんねハハハハハと笑っておこうと思う。



最初はただの思い付きで冗談半分に書いたのに、書いてるうちに「なくはないんじゃねぇか」なんて思えてきてしまうのだ。恐ろしい。









どうでしょう、このシナリオ。


スマイレージ改名の裏にもしこんな意図があったのだとすれば、2015年からの極端な脱つんく♂化と、娘。が干され気味だったことも頷けると言えば頷ける気がしないでもありません。



別に、だから事務所は悪であるとか、とんでもない陰謀だと訴えたいわけではなくて。


要するに、戦略なのでしょう。
脱つんく♂化を図ったのは事実だとしても、事務所がそういう戦略を取ったというだけの話。
それが良い方向に転んだのかどうかは、なんとも言い難いところではあるにせよ。


まぁ、ハッキリ表立てず裏でこそこそ秘密裡にやったり、つんく♂さんの代わりにメンバーを矢面に立たせて事務所の意図を代替わりさせてるのはちょっと気にくわないですけどね。
それと、他に夢中で娘。にあんまり力を入れてくれなかったのも気にくわないですけどね。





ただ、どうしてそこまで脱つんく♂化を図りたがったのか、という疑問は残る。


いつまでもつんく♂に頼ってはいられない(いろんな意味で)、というのはわかるけど、だからってちょっと極端じゃないか?


さっき、「病気があろうとなかろうと、つんく♂さんをプロデューサーから外す予定だったのでは?」というのはあくまで「想像」と書いたけど、いま思い出した。たしかつんく♂さんの手記には「2013年の秋に、会長からそろそろプロデューサーを降りたらどうかと提案された」と書いてあったじゃないか。


手記には、声の不調の原因が癌であるとわかったのは「そんな折」だと書いてある。


ちなみにこちらのつんく♂さんインタビューでは、「10月はモーニング娘。の米ニューヨーク公演が予定されていました。その少し前から所属事務所の態勢や作品の作り方も変わって、僕がプロデューサーを外れる話も出ていた。病気も重なって「ニューヨークでピリオドを打つのが美学かな」と思っていました。」とある。



つまり、↑に書いたことは想像ではなく、事実だったわけだ。なんだよ、当たってたのかよ。




いずれにしても、事務所は遠からずつんく♂さんをプロデューサーから降ろすつもりだった。


そこに重い病気が重なって、結果的にいまのような状態が出来上がった。


そして事務所は、待ってましたとばかりに脱つんく♂化を図り、グループの改名だなんだと画策して、現在のハロプロがある。そういうことなのか。




つんく♂さんの手記曰く、そんな会長の一見突飛に思える判断はいままでも何度かあったが、結果的にこうして進んでこられたので感謝しており、「だからきっと今回の判断にも、何かヒントが隠されているんだと思う」とのこと。



ふむ。


そうなのかもしれない。
でも、もしかしてそうじゃないのかもしれない。今回ばかりは。



病気が重なったとはいえ、ハロプロの急な脱つんく♂化。


プロデューサー卒業を提案されたとき、つんく♂さんは「まだ続ける気も、展望も大アリだった」と言う。


ああ悪い癖だ。
もしもそのままつんく♂さんがプロデューサーを続けていたとすれば、去年末に彼女が突然卒業してしまうこともなかったかもしれない、なんて考えてしまうのは。



会長。


会長のその判断は、本当に正しかったんでしょうか。


いまさら「もしも」を考えても仕方ないことだけど、未練がましいヲタとしては、あの娘がまだモーニング娘。である未来を夢想してしまうのを止められんのよ。


病気のせいで以前より仕事量は減るだろうけど、依然としてつんく♂さんが総合プロデューサーで、モーニング娘。は13人で活動していたかもしれない2016年……なんてものが、その判断次第ではあり得たんじゃないか……なんて考えてしまうのよ。





まぁそんな感傷はさておき、「どうしてここまで脱つんく♂化を図りたがったのか」という疑問への答え。というか想像。


それは、「そうしたかったから」というもの以外にないのでは、と思う。



なんだそりゃと思われるかもしれないが、「そうせざるを得なかった」と「そうしたかったから」は大きく違う。


最初はてっきり前者なんだと思ってたけど、こうして1年以上つんく♂さんのいないハロプロを見てきて、どうやら後者の可能性が高いのでは……と思うようになった。


つまり、事務所的にはいい加減つんく♂Pには降りてもらって、違うやり方でハロプロを運営したかったということ。


でもいきなりつんく♂成分をゼロにしちゃうのも恐いし(あるいはつんく♂さんへの義理立てか)、モーニング娘。への楽曲提供だけは続けてもらおう、という按配だ。




事務所は、「つんく♂さんの病気を考慮して、脱つんく♂化を図らざるを得なかった」のではなく、「病気があろうとなかろうと、そろそろ脱つんく♂化を図りたかった」のだという結論。


スマの突然の改名騒ぎは、商標登録云々の真偽に問わず、そういう意図でもって遂行された案件だったのである。











という想像だ。


繰り返すが、これは想像に過ぎない。


間違いなくこれが真実である、と言うつもりはないし、鵜呑みにしてもいけない。自分で書いていながら、思い込まないように気をつけている。


これが推理小説ならば、「なるほど筋は通ってますね。たいした想像力だ。でも証拠はなにもありません。あなた、小説家にでもなったほうがいいんじゃないですか?」と言われてしまうパターンだ。おっしゃるとおり、証拠はなにもありません。




万が一この想像がおおよそ当たっていたとしても、だからどうだということでもない。


文句を言ったところで、「じゃあつんく♂さんをPに戻します」なんてことにはならないだろう。


経緯はどうあれ、事務所はもう“脱つんく♂化”のハロープロジェクトを始動させてしまった。


あとは、ファンそれぞれがそれをどう思うか、という個人的な問題だ。






現在の、脱つんく♂化を図ったハロープロジェクト。


みなさんはどう感じてらっしゃるのか。


大々的に公表されたわけでもなく、スーッとさりげなく移行していったから、特になにも思っていないという人もいるかもしれない。それこそ事務所の思惑通りに。


火にくべられたカエルは、少しずつ少しずつ中の水の温度を上げていけば、気付かずに茹で上がってしまうという話を思い出す。


事務所はハロヲタを茹で上げたいわけではないだろうが、我々は気付いたら違う水の中にいた。


新しい水が躰に合う人もいれば、合わない人もいる。


自分は、正直あまり合わない。


それでもそのうち慣れてしまうのかもしれない。
たとえ熱々に茹でられても、それすら慣れてしまうのかもしれない。


そのままでいるのか、外へ飛び出していくのか。



決めるのは、自分である。