ブログ、さぼってるわけじゃないんですが、どうにもこうにも。



4つくらい小ネタを書いてはいるものの、どれも最後まで書き切るに至らず。


推しがいないというだけで、なんとモチベーションが変わることか。




りほりほのいない日常は、寂しいというより不思議。


どうして最近見かけないんだろう?なんて感覚のほうがまだ大きい。
ああ、卒業したんだよね、留学するんだよね、という認識があとからついてくる。





そんななかでも、モーニング娘。'16についてはなんとか関心を保てています。


推しがいないとはいえ、モーニング娘。は長いこと応援してきたグループだし、りほりほ以外の12人だって大好きなのでね。




最近とみに思うのは、もうモーニング娘。以外のグループを無理して応援する必要もないのかな、ということです。


この言い方は誤解を招きそうですが、別にいままで無理して応援してたわけでもないし、今後は一切興味ないわということでもなくて。


ただ、このブログで取り上げることは減るかもしれない、ということ。


正直、娘。推しとしては、いま娘。以外のグループを取り上げる余裕がない。
個人的な心情としてもそうだし、現ハロプロ内での娘。の状況を鑑みても、そう。


娘。以外にとっては幸いなことに、どうやらつんく♂P無きあとのハロプロはモーニング娘。以外のグループに注力することを優先してる節があるようなので、わざわざ娘。推しの自分がこんな弱小ブログで取り上げなくても問題ないでしょう、というわけです。ファンも増えてきてるみたいだし。


それよりも、娘。推しとしてやるべきことは、モーニング娘。をいままで以上に応援していくこと。


なんだか焦っているようでみっともないですが、いわゆる“天下のモーニング娘。”だからといって余裕ぶっこいてる場合ではないのが現状です。(「天下の」というのはもはや皮肉になりつつある)




なにかが世に大きく出ていくということは、そのもの(物/者)の魅力や努力は言うに及ばず、発信する側の「仕掛け」とその意志がなければ成し得ないことです。


最近のハローでいえば、℃-uteやアンジュルム、Juice=Juiceなどの躍進がそう。


彼女たちの魅力に関しては、確かにここ1~2年で急激に増してきた部分はあるものの、それ以前だって充分持っていたものではあります。


じゃあどうして最近になってこうも目立つようになってきたのかといえば、発信する側の事務所が「仕掛けてやろう」という意志を持ち、それを実行したからに他なりません。(娘。のフォーメーションダンスや再ブレイク(とメディアに言わせたこと)や5作連続1位だってその結果です)


具体的なことは、ハロヲタならば各々思い当たる部分がいくつかあるでしょう。
特に℃とアンジュは昔より明らかに力を入れてもらってる、と感じてない人はいないはず。いたとすれば、それはなにも考えずボーっとしてるだけです←



それについては、結構なことだと思います。ようやく正当な評価がされるようになったか、という満足感もあり。


でも、代わりにモーニング娘。に注がれる力が減ってしまったのは、ちょっと困る。いやだいぶ困る。


アホみたいにグループを作り過ぎたからか、あるいはいままでモーニング天下だった状況を打破したくてしょうがなかった一派がつんく♂さんの下に隠れていたのかは知りませんが、とにかく他グループに光が当たるようになった分、明らかに娘。が放っておかれてるのはもはや疑いようがなく。


主観的な印象であるとはいえ、16年間モーニング娘。を応援してきたヲタが言うんだから、少なからず事実であるのは間違いない。


こんなこと、いままで感じたことなんてなかったよ。







そんなわけなので、今後はこれまでより娘。成分の多い更新になっていってしまうかもしれません。


まぁ元からそうだと言えばそうなんですけども。



別に他を見てない聴いてないわけではなくて、あくまでこのブログ内での話。


元々プラチナ期に「もっといまのモーニング娘。の良さを知ってほしい」という動機で始めたブログなので、原点に立ち返るのだと言えるでしょう


わざわざ宣言することでもないかと思ったんですが、最近は自分のなかに住む老人が「モーニング娘。も舐められたもんだのう」とぼやくことが多いので、なんとなく言ってみました。


一番舐めてるのが、他ならぬ(方針の変わった)事務所であるというのがなんとも……ね。




こういうことを言うと多方面から眉を顰められるかなーなんて思って、いままでは極力言わないようにしてたんですが、そうやって空気を読んで良識ヲタを気取ってるうちに手遅れになったらマズいので、そうなる前に一応声に出しておくことも大切でしょうということでご容赦ください。




これが、自分自身の「卑屈さ」なのか、あるいは「素直さ」であるのかは、客観的事象によって変わるでしょうね。


この主張(事務所は娘。を軽視している)が事実であれば「素直さ」になるし、そうでないのならただ自分が「卑屈」になってるだけ。



さあさあどっちだ。


気になるところだけど、誰にも正当な(真に客観的な)答えは出せないから厄介です。





そんなことを考えているこの頃。