先日コメントで聞かれて、そういえばどうだったっけと改めて考えてみたことがあります。


以前の、というか最初の推しメンであった安倍なっち先輩がモーニング娘。を卒業したときの、自分の気持ちはどうだったのか。それをどう乗り切ったのか。


例によって長いですが、ちょっとした自分語りにお付き合いください。





なっちは自分が娘。ヲタになるきっかけとなった人であり、りほりほにハマるまで、いわゆる“単独推し”というのはなっちだけだったんですよ。以降はずっと箱推しってやつで。(明確に意識してたわけではなく、箱推しな時期でもなんとなくあの娘が一番好きかな~的な認識はありましたが)


それだけ好きななっちがいざ娘。を卒業しますと発表したとき、自分でも意外なくらいに哀しみとか切なさはなかったような気がします。


もちろん「ついに卒業か……」という寂しさや感慨はありましたが、満を持しての卒業といった雰囲気でしたし、その少し前からソロでシングルを出したりとソロ活動も目立ってきてたわけで、個人的には「卒業したらもっとなっちだけの活動を見られる!」という期待のほうが大きかったですね。


当時は娘。を卒業しても(特別な理由がない限り)そのままハロプロ在籍で、むしろ個人としては卒業したあとのほうがしっかりそのメンバーを見る/応援する機会は多かったという面もありました。


卒業後もハロコンに出たり、『ハロモニ。』の司会として現役メンとの絡みもありましたし。


そういったわけで、ファンから見れば卒業してもそんなに状況は変わらず。
相変わらずなっちはそこにいて、ソロ曲を出したりソロライブをしたり、ドラマに出たりなんだり、「安倍なつみ」を堪能する機会は充分にあったので。



とはいえそれでも推しメンがいなくなったあとのモーニング娘。には、以前ほどの関心が持てなかったのもまた事実。


たぶん周りから見れば変わらなかったでしょうが、自分のなかでは微妙にモチベーションが下がったというか、『女子かしまし物語』から『直感2』までのシングルは買ってなかったし(『Sexy Boy』は懐かしの着うたフルで買い、『Ambitious』からまたCDで買いだした)、Mステとかに出ても見なかったときもあったり。


『ハロモニ。』は毎週見てましたけどね。なっちが司会じゃなくなったあとも。
でもなっちがいた頃ほど熱心ではなかったと思います。



それがまた変わってきたのは、自分が大学生になって一人暮らしを始めた頃。


自分のパソコンを買ってネットを自由に見ることができたあの時期、You Tubeが日本にも普及してきて、娘。のいろんな動画を見まくって暇をつぶしていたものです。


慣れない一人暮らしで溜まったストレスをどうにかするという意味でも、救いとなったのはやはりモーニング娘。でした。


その頃の娘。はよっすぃー(あ、入籍おめでとう!)がリーダーで、いろいろと見てるうちにまた以前のようなモチベーションが戻ってきたというわけです。


ファン度の濃さを表すなら、なっち在籍時を100%として→なっち卒後しばらくは71%くらい→吉澤リーダー期で徐々に回復してきて89%くらい。


その後じわじわと数値は上がっていき、プラチナ期(9人時代)の頃にはまた100%に戻っていたと思います。いやむしろ120%くらいになってたかも。






……で、結局自分は推しの卒業をどうやって乗り切ったのだろうか。



まず、なっちの卒業は今回のりほりほのような底知れぬ寂しさはなかった。


そして多少下がったモチベーションは、時間と、その後のメンバーの魅力によって回復した。



ざっくり言うとそんな感じでしょうか。




結論、過去の事例はあまり参考にならない。(がーん)



条件がいろいろ違うからなぁ。


でもまぁ、モーニング娘。で受けた傷(とあえて言おう)は、モーニング娘。で回復してきたのだ、とは言えるかと。


プラチナ期も大好きだったけど、何気にその前の吉澤リーダー期もまとまってて好きだったんですよ。あの時期のおかげでモチベーションが回復したといっていい。


そしてプラチナ期が(亀ジュンリンの卒業によって)事実上終焉を迎えたときも、久しぶりの新メンバーとなる9期、新たな世代への期待感によって、どうにかモチベーションを維持できたのでしょうね。もちろん愛ちゃんたち5人はまだ残っていたというのもありますが。




果たして今回はどうなるんでしょうね。と、内なる冷静な自分が言っています。


またいつか、100%まで回復できるんでしょうか。


内なる冷静じゃない自分は、そんなの無理じゃね、と喚いていますが。






でも改めて振り返ってみると、黄金期のメンバーって長くても7年くらい、平均5年前後で、ごっちんなんて3年ちょいしか在籍してなかったんですよねぇ。


それが、いま思うと不思議で不思議で。


たったそれだけだったのか~って思います。
もっと長かったように感じるのに、いやはや世間を巻き込むほど勢いのある時期というのはなんとも濃密な時間ですね。



そう考えると、りほりほの5年というのも決して短くはないのかな。


最近は10年以上いるのが当たり前みたいになってましたが、それはいろんなものが上手い具合に重なり合って初めてできる奇跡みたいなものだったのかもしれません。


本人がそこまでやりたいと思うかどうか。
やりたいと思っても、できるかどうかはわからない。


愛ちゃん、がきさん、れいな、さゆの4人は、そんな奇跡が生んだ10年超えだったのでしょう。


ファンにとっては、この上ないほど幸せな奇跡でした。



でも奇跡というのは滅多に起こらないからこそ奇跡と呼ぶのであって、それが当たり前だと思ってはいけなかったのでしょうね。






モーニング娘。というのは、決してとどまらないからこその美しさと儚さを持っているグループで。


なのに自分は、いつのまにかそこに安寧を求めてしまっていた。


とどまって、ずっと同じでいてほしいと願ってしまっていた。


そういえば、プラチナ期の頃も似たようなことを考えて、同じように打ちのめされたことがありましたよ。


まったく、学習しないねオレは。





こんなことが、いったいあと何度。


「モーニング娘。が続いていく」ということは、こんな出会いと別れがこれからもずっと続いていくということです。


りほりほ含め、あと13人も、大好きなメンバーとの別れを覚悟しなければならないとは。
新しいメンバーが加入すれば、またその子たちとの別れも同じ。


自分の場合、中澤の裕ちゃんからずっとメンバーの卒業(時に脱退)を見送ってきたけど、そのたびに哀しくて寂しくて切なくてもどかしくて、たとえそれが前向きな旅立ちでも、心がえぐられてきたものです。


そしてそのたびに、なんとか騙し騙し、徐々に回復させながらなんとかここまでファンを続けてきてしまいました。



ああでも、これもそろそろ疲れてきたなぁ、という自分が頭の片隅のほうにいるのに気がつきました。



思い入れが深まるほどに、喪失の重みも増していく。


かつてのプラチナ期も、いまの13人も、本当に素敵なメンバーたちです。


「このかたちがずっと続けばいい」と願ってはいけないなんて、そんな残酷なことがあるかいっ。



あるのね。知ってる。


願ってもいいけど、代償は大きいよ、と。


身を持って味わってるとこだよ。






来年からはまた箱推しに逆戻りかなー。


それはそれで、好きなかたちがどんどん解体&改装されていくから辛いんですけどね。


「それでもモーニング娘。が“モーニング娘。”である限り応援し続ける」と迷わず言えていた頃の自分どこいった。戻っておいで。



ちょっと見失いましたが、りほりほの帰還ともども、戻ってくるのを待つことにします。