深夜なので、ちょっと昔語りをさせておくれ。
同じような気持ちになった人もいるかもしれませんが、先日モーニング娘。'15が出演した『いのちのうた』でプラチナ期の名曲『雨の降らない星では愛せないだろう?』を歌っていたので、当時のメンバーのパフォーマンスを久しぶりに見たくなってつべを探しました。
2009年の春ツアー、プラチナ9DISCの映像です。
久しぶりにこの映像を見て、鮮明に蘇ってきたことがありました。
それは、当時のメンバーとファンの熱量。
この映像、曲の頭からファンも一緒に合唱してますよね。
曲中にも曲終わりにも声援が響き渡り、なんとも熱い現場だな~と改めて感じます。
ああそうだった。あの頃の空気感はこれだった。
自分は今でもプラチナ期が好きですが、当時はさらに熱く「最高!」と思ってました。
まぁそれは現在、今の娘。に対しても言えることなんですがそれはちょっと置いといて。
なぜそんなに好きだったかと言えば、あの頃はとにかくファンとメンバーとの距離感が近かった気がします。
もちろんそれは物理的な距離ではなく、精神的な距離。
黄金期から続くモーニング娘。の人気にも陰りが見えはじめ、世間は他のアイドルに夢中になり、あまり相手にされなくなっていたこの時期。
しかしそんな状況だからこそ、ファンも、そしてメンバーも「この火を絶やしたくない」と強く願っていたはずです。
今はプラチナ期を「素晴らしいパフォーマンス集団」的に賛美することが多いし、当時もそれは大いなる自慢だったわけですが、こうして振り返ってみて思うのは、なによりもそのほとばしる熱量を愛していたんだな自分、ということ。
逆境だからこそ燃えると言いますか、「オレたちはこんなに凄いモーニング娘。を知っている!」という誇りと、「なぜ世間はこれに気付かないんだ!」という憤り。
正も負も力に変えて、とにかくエネルギッシュだったあの頃です。
一部ファンのなかには当時を「暗黒期」と呼ぶ人もいるようですが、それは全然しっくりこない。
たしかに世間的な評判で言えば(黄金期と比べて)暗黒に近いものだったのかもしれませんけども、そんなモーニング娘。をファンとして応援していたあの頃は、とても楽しかった。
悔しい想いもたくさんしたし、ムカつきすぎてご飯の味がわからないときもあったけどw、それでもモーニング娘。を応援していること自体が誇らしいような、そんな気持ちでいたものです。
アンジュルム(スマイレージ)がホールでコンサートができなくなり、ライヴハウスばかりになって悔しいとよく言っていますが(※今回ホールコン復活してめでたい)、当時の娘。はアリーナクラスの会場でコンサートができなくなり、ホールばかりになった時期でもありました。
それまでは横浜アリーナやさいたまスーパーアリーナでもライヴができていたんですけどね。
プラチナ期になってからは結局、ライバルサバイバルでの卒業公演でしかできませんでした。
そんな“踏ん張り時”とでも言うべきあの時期、いまのように握手会等の接触イベントはほとんどなかったけど(それどころかメンバーブログさえほぼなかったけど)、それでもファンとメンバーとの精神的な繋がりは強く深かったように思えます。主観ですけどね。
絆、なんて言葉はひねくれ者には気恥ずかしくてたまらないのであんまり使いたくはないですが、当時のメンバー同士、ファン同士、そしてメンバーとファンとの絆は、たぶんあの時期だけの特別な繋がりでもって輝いていたように思えてなりません。
それは外部には広がらなかったかもしれないけど、代わりに内部に向かって圧縮され、凄まじいエネルギーを宿していたのです。
今回久しぶりに↑の映像を見て、その熱量をフラッシュバックのように思い出しました。
だからプラチナ期のモーニング娘。は、自分にとっていまだに特別なモーニング娘。であり続けるのでしょう。
当時の功績はいろいろありますが、思い返したときに最も愛おしく感じるのは、目には見えない“想い”なのでした。
でも間違ってほしくないのは、それが良いとか悪いとか、いまと比べて優劣を決めるとかそういうことではまったくないということです。
言いたいのは、“あのときしか感じられない空気がたしかにあった”ということなのです。
それは今現在のモーニング娘。にも存在しています。
今しか感じられない空気。今のモーニング娘。でしか出せない魅力と、ファンとの絆。
プラチナ期のそれとは違うかたちだけれど、いずれ何年か経って思い返すとき、いまこのときにしかない空気を懐かしく思うはずです。
そんな両者の違った熱量が音楽という手段で結びつき、メンバーが変わっても雰囲気が変わっても確かに受け継がれていくのだと感じることができた先日の『雨の降らない星では愛せないだろう?』は、とても価値のあるパフォーマンスだったと思います。
まぁ結局、最終的には「いつの時代もモーニング娘。は素晴らしい」というところに行きつくわけですが。
でもホントに、プラチナ期のライヴ映像ちゃんと見たの久しぶりだから、当時の雰囲気が一気に蘇ってきましたよ。
基本的には「最新が最高」だと思ってますけど、たまにはこうして振り返ってみるのも悪くない。
そんなことを想いながら、また最新のモーニング娘。'15へと還っていくヲタです。
同じような気持ちになった人もいるかもしれませんが、先日モーニング娘。'15が出演した『いのちのうた』でプラチナ期の名曲『雨の降らない星では愛せないだろう?』を歌っていたので、当時のメンバーのパフォーマンスを久しぶりに見たくなってつべを探しました。
2009年の春ツアー、プラチナ9DISCの映像です。
久しぶりにこの映像を見て、鮮明に蘇ってきたことがありました。
それは、当時のメンバーとファンの熱量。
この映像、曲の頭からファンも一緒に合唱してますよね。
曲中にも曲終わりにも声援が響き渡り、なんとも熱い現場だな~と改めて感じます。
ああそうだった。あの頃の空気感はこれだった。
自分は今でもプラチナ期が好きですが、当時はさらに熱く「最高!」と思ってました。
まぁそれは現在、今の娘。に対しても言えることなんですがそれはちょっと置いといて。
なぜそんなに好きだったかと言えば、あの頃はとにかくファンとメンバーとの距離感が近かった気がします。
もちろんそれは物理的な距離ではなく、精神的な距離。
黄金期から続くモーニング娘。の人気にも陰りが見えはじめ、世間は他のアイドルに夢中になり、あまり相手にされなくなっていたこの時期。
しかしそんな状況だからこそ、ファンも、そしてメンバーも「この火を絶やしたくない」と強く願っていたはずです。
今はプラチナ期を「素晴らしいパフォーマンス集団」的に賛美することが多いし、当時もそれは大いなる自慢だったわけですが、こうして振り返ってみて思うのは、なによりもそのほとばしる熱量を愛していたんだな自分、ということ。
逆境だからこそ燃えると言いますか、「オレたちはこんなに凄いモーニング娘。を知っている!」という誇りと、「なぜ世間はこれに気付かないんだ!」という憤り。
正も負も力に変えて、とにかくエネルギッシュだったあの頃です。
一部ファンのなかには当時を「暗黒期」と呼ぶ人もいるようですが、それは全然しっくりこない。
たしかに世間的な評判で言えば(黄金期と比べて)暗黒に近いものだったのかもしれませんけども、そんなモーニング娘。をファンとして応援していたあの頃は、とても楽しかった。
悔しい想いもたくさんしたし、ムカつきすぎてご飯の味がわからないときもあったけどw、それでもモーニング娘。を応援していること自体が誇らしいような、そんな気持ちでいたものです。
アンジュルム(スマイレージ)がホールでコンサートができなくなり、ライヴハウスばかりになって悔しいとよく言っていますが(※今回ホールコン復活してめでたい)、当時の娘。はアリーナクラスの会場でコンサートができなくなり、ホールばかりになった時期でもありました。
それまでは横浜アリーナやさいたまスーパーアリーナでもライヴができていたんですけどね。
プラチナ期になってからは結局、ライバルサバイバルでの卒業公演でしかできませんでした。
そんな“踏ん張り時”とでも言うべきあの時期、いまのように握手会等の接触イベントはほとんどなかったけど(それどころかメンバーブログさえほぼなかったけど)、それでもファンとメンバーとの精神的な繋がりは強く深かったように思えます。主観ですけどね。
絆、なんて言葉はひねくれ者には気恥ずかしくてたまらないのであんまり使いたくはないですが、当時のメンバー同士、ファン同士、そしてメンバーとファンとの絆は、たぶんあの時期だけの特別な繋がりでもって輝いていたように思えてなりません。
それは外部には広がらなかったかもしれないけど、代わりに内部に向かって圧縮され、凄まじいエネルギーを宿していたのです。
今回久しぶりに↑の映像を見て、その熱量をフラッシュバックのように思い出しました。
だからプラチナ期のモーニング娘。は、自分にとっていまだに特別なモーニング娘。であり続けるのでしょう。
当時の功績はいろいろありますが、思い返したときに最も愛おしく感じるのは、目には見えない“想い”なのでした。
でも間違ってほしくないのは、それが良いとか悪いとか、いまと比べて優劣を決めるとかそういうことではまったくないということです。
言いたいのは、“あのときしか感じられない空気がたしかにあった”ということなのです。
それは今現在のモーニング娘。にも存在しています。
今しか感じられない空気。今のモーニング娘。でしか出せない魅力と、ファンとの絆。
プラチナ期のそれとは違うかたちだけれど、いずれ何年か経って思い返すとき、いまこのときにしかない空気を懐かしく思うはずです。
そんな両者の違った熱量が音楽という手段で結びつき、メンバーが変わっても雰囲気が変わっても確かに受け継がれていくのだと感じることができた先日の『雨の降らない星では愛せないだろう?』は、とても価値のあるパフォーマンスだったと思います。
まぁ結局、最終的には「いつの時代もモーニング娘。は素晴らしい」というところに行きつくわけですが。
でもホントに、プラチナ期のライヴ映像ちゃんと見たの久しぶりだから、当時の雰囲気が一気に蘇ってきましたよ。
基本的には「最新が最高」だと思ってますけど、たまにはこうして振り返ってみるのも悪くない。
そんなことを想いながら、また最新のモーニング娘。'15へと還っていくヲタです。