伊藤計劃×円城塔 『屍者の帝国』


屍者の帝国/伊藤 計劃

¥1,944
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2009年に他界した伊藤計劃が生前書き残したプロローグから、同時期にデビューし盟友とも語られる円城塔が残り部分を書き下ろしたという経緯を持つ本書。


伊藤計劃の死によってもはや紡がれることのない物語と諦めていた読者にとって、この完成は非常に嬉しいものとなり、日本SF大賞特別賞と星雲賞を受賞した。





舞台は、死体を「屍者化」して甦らせることが可能になった架空の19世紀ロンドン。


主人公の医師見習いジョン・H・ワトソンは、指導教官セワードとその師であるヴァン・ヘルシング教授によって政府の諜報機関として働くよう任命される。



「屍者」は甦った人間ではあるが意思を持たず、いわば生者に制御可能なゾンビといったところ。


部分的に秀でた能力をインストールすることも可能で、例えば馬車引きに特化された屍者がいたり、タイピングに特化された屍者などもいる。


この世界ではすでに、屍者なしではままならない世界となっているのだ。



そんな世界でワトソンは、相棒の屍者フライデーと共にイギリスからロシアから日本からアメリカまで、世界を股にかけてフランケンシュタイン博士の残した伝説の屍者「ザ・ワン」を追う。








ここまでの文章の中に聞き慣れた名前がいくつか出てきたと思うが、本書には虚実入り乱れたこの時代の有名人たちがこれでもかと登場して楽しい。


日本では、ジャンプ漫画もかくやという剣客キャラが出てくるし、超有名ロシア作家が生み出したカラマーゾフ的なあの人も登場。


ディズニーシーでもお馴染みの潜水艦まで登場し、果てはチャールズ・ダーウィンの正体まで……。






そんな具合に面白いスチームパンクSFなんだけど、プロローグこそ伊藤計劃が書いたものの、以降(全体の8割)は円城塔によるもの。これが魅力でもあり、難物でもあり。


円城塔は、どこか飄々としながらも回りくどい言い回しで読者を煙に巻くような文章を書き、それがいつも通り短編ならば効果的でも、長編となるとやや辛い。


特に今回は世界を駆け巡る冒険小説的な要素もふんだんに盛り込まれ、にも関わらずテンポ良く物語は展開しないのが若干ストレスになる。(主観です)


少しでも集中を切らすと、「え~っと、この人らは今どこで何をしてるんだっけ……?」となるので注意しよう。(そうなるのは自分だけかもしれないが)



円城塔は、本質的に短編作家なのかなぁと思ったりもしました。


あるいは完全に自身の作品であれば、読み心地もまた違うのかもしれませんけど。






そしてSF的にも、意識をめぐる(やや難解な)思索が楽しい。


人は選ぶけど、傑作です。








願わくば、伊藤計劃の筆で完成した本書を読んでみたかった……。