ジョージ・R・R・マーティン 『タフの方舟』



タフの方舟1 禍つ星 ハヤカワ文庫SF/ジョージ・R.R. マーティン
¥882
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原書刊行は86年だが、邦訳が出たのは2005年。



ビンテージものではあるけど、古臭さは感じないので大丈夫。紛れもない傑作。



「上下巻」ではなく、「1巻2巻」とわけられている。

1巻は『禍つ星』、2巻は『天の果実』。



1巻の『禍つ星』には、「禍つ星」「パンと魚」「守護者」の中編3つを収録。



2巻の『天の果実』には、「タフ再臨」「魔獣売ります」「わが名はモーセ」「天の果実」の短編4つが収録されている。




《方舟》号と呼ばれる超巨大宇宙船にたった一人と猫数匹で暮らす主人公の商人ハヴィランド・タフ。(1巻表紙絵のような禿頭の巨体)



物語はこのタフが様々な星へ赴き、その星が抱えている問題を解決していく連作長編になっている。



しかしこのタフは「宇宙一あこぎな商人」と本の帯に書かれているだけあって、一筋縄ではいかない。



いかなるときも無表情。冷静でいて大胆。慇懃な口調で口八丁。それにもつけて《方舟》号のテクノロジーを使って多種多様な生物を創り出し、法外な値段で売りつける手腕。



86年の翻訳SFとは思えないくらいに、この主人公タフのキャラが立っていて非常に面白い。



1巻は、そのタフが《方舟》号を手に入れる話から始まり、連作中の連作「鋼鉄のウィドウ三部作」の1話目、そしてヒューゴー賞にもノミネートされた環境改善SFと、軽快でユーモアたっぷりの痛快作が並ぶ。



この1巻だけでも充分面白い。小難しいことは抜きにして、王道のSFエンタメとして誰にでもおススメできる。



しかし2巻目に入ると少し違った読み心地になる。



「鋼鉄のウィドウ三部作」の2話目から始まり、ピカレスク的な要素が多い2短編を経て、最後の「三部作」最終話。これが中々重いテーマの傑作だった。



「鋼鉄のウィドウ三部作」は、ス=ウスラムという星の人工過多問題を解決する話。

とにかく子供を産んで産んで産みまくることを良しとするス=ウスラムの人々。しかしそうなると当然、人口過多や食料問題に行き当たる。

《方舟》号のバイオテクノロジーを使ってそれを解決しようとするタフだが、何をやっても所詮は一時凌ぎに過ぎず、根本的解決には至らない。



最終話の「天の果実」では、ついに根本的解決である産児制限に踏み切るタフ。

だけどス=ウスラムの人々がそれを受け入れるはずもなかった。



タフの真意が判明したときの戦慄。

ただのトボけたやり手の商人キャラだったタフの、底知れない人格が浮かび上がったラストに言葉を失うだろう。



このタフという人物はあまりにも特異だ。

その無慈悲さも含め、《神》の領域に手を出すときですら、表情に変化はない。

例え心の奥で懊悩しようとも、それを出すことはない。

だからこそあるいは、タフは《神》足り得たのかもしれない。実に興味深いキャラクターだ。




ラストは若干重いものの、なんとも楽しいSFなので必読。



これがもしミステリーとかだったらもっと売れてて有名になっただろうなぁと思えるのが悲しいところw



SFなんてよくわかんないという人でも楽しく読めるので、面白い本を求めてるならおススメです。