瀬名秀明 『BRAIN VALLEY』



BRAIN VALLEY〈上〉 (新潮文庫)/瀬名 秀明
¥780
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1997年に刊行された、第十九回 日本SF大賞受賞作。



著者は、『パラサイト・イヴ』の原作者と言えばおわかり頂けるだろうか。



その著者が、デビュー作『パラサイト・イヴ』に続いて発表した第二長編がこの本。




一言でいうなら、「世紀の大傑作」。



凄かった。圧倒された。これを一人の人間が書いたとは思えないくらいに凄まじかった。




メインのテーマは、《脳》、そして《神》。



しかしそれ以外にも膨大なモチーフが描かれる。
メインの脳科学、神学の他、UFO、エイリアンによる誘拐、臨死体験、聖書、人工生命、記憶、意識、電脳空間、etc……。



前半は、科学書のような専門用語が乱発されるSF小説であるにも関わらず、UFOやエイリアンなどのオカルトが話に絡んでくる。



そして後半の展開……ああもう、とても言葉では表しきれない。



まさしく「神掛っている」。
あんなもの、尋常じゃない精神状態じゃなきゃ書けないんじゃないだろうか。



この本を書いていた瞬間、著者は一体どこに「いた」のだろう。普段我々が見て、感じて、暮らしている世界とは別のところにいたに違いないと思わせるほどの境地だ。
天才とかそういう問題じゃない。ここに「到達」できる人は、どの分野でも限られているだろう。




《神》




今も昔も、誰もが一度は考えたことのある事象。概念。存在。



古今のSFでも、《神》をテーマにした名作は多い。
山田正紀の『神狩り』や、山本弘の『神は沈黙せず』などなど。



正直、『神狩り』の内容は忘れてしまったんだけども、『神は沈黙せず』の《神》に対する結論とは正反対のところに着地するのがこの『BRAIN VALLEY』だ。



どちらが良いかどうかは、人によるだろう。宗教的なアレコレをお持ちの方なら尚更。



より「SF的にエンタメ」なのは『神は沈黙せず』かもしれない。



より「科学的」なのは『BRAIN VALLEY』か。



と簡単に言ってしまいたいところだけど、『BRAIN VALLEY』も相当なエンタメ大作なのだ。科学的でありながら、伝奇的であるという、なんともいいがたい立ち位置。




刊行当時この本は、SFファンから「これはSFじゃない」として糾弾されたことがあるらしい。



まったく愚かしいことだと思う。なんと狭い了見か。これがSFじゃなかったらSFなんてゴミクズのようなもんですよ。



まぁ、97年のことなのでね。今のSFファンはもっと懐が広いですよ。ここ数年で色んなSFが出てきたのでw




そんなことよりこの本。



著者の瀬名秀明の本は他に、『パラサイト・イヴ』と『デカルトの密室』といくつかの中短編を読んだことがある。



どれも傑作だけど、この作家がSFを書くと、いつもSFを「超えて」しまう傾向にある。



特に、最近の中編『希望』は、SFと文学と哲学が合わさり、その向こう側へ飛翔してしまう傑作だった。飛翔しすぎて完全には理解しきれないところまで行ってしまっていた。



そういう作家だから、『パラサイト・イヴ』以外はSFファンにも一般人にもイマイチ評価されにくい。



物凄いことを書いてるのに、著者本人にしか視えていない地平に連れて行かれる。
実に損な作家だと思うw



この『BRAIN VALLEY』だって『デカルトの密室』だって、『パラサイト・イヴ』以上に有名になっているべき傑作なのに。




というわけで、自分の中のSFライブラリに、また一つ名作が刻まれた。(15年前の作品なので、いまさら感はあるけどw でも古さは全然感じなかった)




《神》について知りたい人は、怪しげな宗教にハマる前にまずこの本を読むといい。



誰も到達できなかった《神》への道が、「科学」と「SF」によって切り開かれる。