大森望 『21世紀SF1000』



21世紀SF1000 (ハヤカワ文庫JA)/大森 望
¥1,155
Amazon.co.jp


お察しの通り、小説ではありません。



『本の雑誌』という、本の雑誌に連載されたSF(及びその周辺)小説その他諸々の、ゼロ年代の10年間に及ぶ書評集。




SFに興味がある人もない人も、これを読めば、読みたい本が見つかるはず。




とは言え、2000年代前半に刊行された本となると、今や入手困難なものも多いのが残念なところ。



売れなかった本はすぐに絶版になってしまうのですねぇ……。



でも、オールタイムベスト級の傑作と言われている作品ですら絶版のものはあるので、SFというジャンルの浸透率が窺えるというもの(泣)



みなさん、もっとSF読みましょう。面白いよ。



売れてる本とかミステリーとかケータイ小説とかでは得られない感動があるから。




そもそも、多くの人は宇宙に関心があったり、「SF映画は好き」とか言うのに、なぜかSF小説を読もうとしない。



もちろんSF小説は宇宙を扱ったもの以外にもたくさんあるし、小難しい論理や専門用語も出てきたりする。



でもそれが良いんじゃないか。

例えば、医療モノのドラマを見ていて、医学の専門用語が出てきても誰も気にしないでしょ?むしろそれもディティールの一種として楽しめる。



SFもそれと同じで、わからない単語があってもそれが「SFっぽさ」を引き立てる道具になって面白いんですよ。




SFを嫌う(あるいは興味がない)人は二つの傾向に分かれる。



一つはさっき書いたように、「難しいからイヤ」というもの。



もう一つは逆で、「SFなんて幼稚っぽくてイヤ」というもの。




前者はもう書いたので省略。

要は、「難しさ」を楽しめばいい。



後者の場合は、明らかな偏見・先入観に縛られている。



確かに、中には幼稚っぽい駄作SFもある。でもそんなのはどのジャンルにもある。

つまりは、「ただの駄作」だということだね。



だけど「名作」と言われているSFは、幼稚どころか、他のどのジャンルでも表せないような大いなる感動がある。



SF者のあいだでそれは、「センス・オブ・ワンダー」と呼ばれる。



今となっては「古典」と言ってもいいくらいの古い作品でも、いまだにどの作品も越えられていない世紀の名作たちがそれだ。



クラークの『幼年期の終り』、ブラッドベリの『火星年代記』、レムの『ソラリス』、バラードの『結晶世界』、スタージョンやティプトリーやラファティの短編たち、コードウェイナー・スミスの《人類補完機構》シリーズ、ギブスンの『ニューロマンサー』などなど、上げればキリがない。



この本で紹介されるゼロ年代のSFにも、世紀の名作は数多く存在する。



海外SFでは、誰よりもグレッグ・イーガンの存在が大きい。



その年の年刊ランキングでは、長編・短編に限らず毎回と言っていいほど1位を獲得している作家だ。

(ちなみに今年のランキング、つまり去年刊行された本のランキングでも1位はイーガンだった)



このイーガンと同じくらい重要な作家が、テッド・チャン。



その作品はどれも中短編だけど、発表すれば必ずや多くのSF賞を受賞する。



一つ難を言えば、書くのが致命的に遅い。

現在日本で刊行されているチャンの本は、『あなたの人生の物語』一つだけ。あとは中短編が雑誌に載ったり、アンソロジーに収録されたりする程度。



この、イーガン、チャンに続く新鋭も出てきている。



わかりやすく《宇宙系》と《地球系(宇宙とか行かない)》に分けるとするなら、《宇宙系》はチャールズ・ストロス、アレステア・レナルズなどなど。《地球系》はパオロ・バチガルピ、ピーター・ワッツなどなど。(ほんの一例)




日本SFだって負けてない。



とりあえず、山田正紀や神林長平(の二人はゼロ年代とは言えないかもしれないけど)を筆頭に、山本弘、小川一水、野尻抱介、瀬名秀明、飛浩隆、上田早夕里、冲方丁、円城塔、伊藤計劃あたりを読んでおけば、まず間違いない。



特に、2007年に颯爽とデビューした二人、円城塔と伊藤計劃の作品は、日本SF界に革新をもたらした。



円城塔の活躍は(芥川賞受賞などで)ご存知の方も多いかと思うが、惜しむらくは伊藤計劃。

わずか二作のオリジナル長編と短編2編だけを残して、たった二年の作家生活に幕を下ろした。

病気による、早すぎる死だ。



だけど(だからこそ?)、伊藤計劃の残した作品群はSF界に「決定的に新しい何か」を残していった。



『虐殺器官』と『ハーモニー』という二つの長編。

正反対にも思えるタイトルだけど、どうか御一読を。

「これからの世界」を生きるために必要な小説であるので。




個人的に一番好きなSF作家は飛浩隆で、この人はデビューこそ古いものの、長年沈黙していて2001年に長編『グラン・ヴァカンス』で復活した伝説の人なのだ。



自分はこの作品でSFに目覚めた。

凄惨で残酷であるにも関わらず、あまりに美しい物語。イーガンにも迫りうるSF的ヴィジョン。高い文章力。すべてが高水準だ。



しかしこの人もチャンと同じで、とにかく書くのが遅い。超遅い。



出してる長編は『グラン・ヴァカンス』1冊だけだし、あとは中短編集の『ラギッド・ガール』と『象られた力』のみ。

2001年に復活しておいて、いまだにその3冊(+いくつかの短編)しかないのだ。



それでも多くの支持をうける理由は、やはり作品の質が素晴らしいから。「こんなに時間がかかったのも無理はない」と納得できるからだ。




とはいえSF初心者におススメなのは、山本弘か小川一水だろうか。

アニメ世代には、冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』もおススメ。



山本弘は、『神は沈黙せず』か『アイの物語』を読んでおけば間違いないし、小川一水は短めの『時砂の王』とか代表作の『第六大陸』とか短編集色々とか現在絶賛進行中の大河シリーズ《天冥の標》を順に追っていくのも良い。



「SFといえば宇宙だろうが。ロマンはどこだ」と言う方には、野尻抱介の『太陽の簒奪者』がよろしい。

淡々とした筆致で、「宇宙」と「ファーストコンタクト」が描かれる傑作。





ああ、言い出したらキリがない。ここまで読んでくれた人なんて、はたしているんだろうかw




もはや本の感想文じゃなくて、ただのSF論になってしまいましたが、この『21世紀SF1000』を読めば、少なくともゼロ年代の主要なSFは網羅できるので、「なんかオモロイ本ねーかなー」と思っているならば読むっきゃない。



執筆者の大森望さんの軽快で的確な書評を読んでるだけでも楽しいので、文庫としてはちょい高いけど買いです。