冲方 丁 『マルドゥック・フラグメンツ』
- マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)/冲方 丁
- ¥735
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一般的には、時代小説『天地明察』のほうが有名かもしれない。
だがSF好きでは断然、『マルドゥック・スクランブル』、『マルドゥック・ヴェロシティ』の2長編で知られる作家。
その《マルドゥックシリーズ》の短編集、というかタイトル通り「断片集」と言ったほうが適切か。
この著者の文章は独特なものがある。
日本人が書いたとは思えない欧米的なセンスがありつつ、かといって翻訳モノとも違うのだ。
アニメ的な疾走感と、文学を超えた熱量を文章化したようなそれ。
こんな文章を書く人は唯一無二だ。この著者だけ。
中身を一つずつ見ていこう。
ディムズデイル=ボイルド(擬似重力発生装置を体内に組み込んだ巨体の元兵隊)とウフコック=ペンティーノ(ネズミ型万能変身兵器)がまだパートナーを組んでいた頃の事件を描いた冒頭の2短編。
『マルドゥック・スクランブル"1 0 4"(ワン・オー・フォー)』と、『マルドゥック・スクランブル”-200"』。
この物語のSF的設定を熟知している読者にとっては、SFというよりミステリに近く感じられる。
特に後者の短編は、ラストの捻りのきいた展開と後味の悪さからもそれが伺える。
本編『マルドゥック・スクランブル』の予告編、『Preface of マルドゥック・スクランブル』
『スクランブル』の前日譚的な物語。
『マルドゥック・ヴェロシティ』のプロローグとエピローグの断片、『マルドゥック・ヴェロシティ Prologue & Epilogue』
本編の『ヴェロシティ』は、暗い熱量の元でボイルドが虚無へと堕ちるまでを描いた魂の咆哮とも呼ぶべき物語だったが、この短編だけでもその熱量は充分感じられる。
まさに《魂》の物語だ。《魂の咆哮》、《魂の悲しみ》、《魂の慟哭》。
「グラウンドゼロ」を目指したボイルドと、その過程で死んでいった仲間と敵たち。
その断片が垣間見える傑作。
『マルドゥック・アノニマス"ウォーバード"』は、おそらく『アノニマス』の番外編的物語。(唯一の書き下ろし)
犯罪を追う一人の刑事の目線から、都市の暗部と《O9(オーナイン)メンバー》(禁じられた科学技術によって特殊能力を持った人々)の事件を描く。
この《マルドゥックシリーズ》は、「都市」との闘いだ。
マルドゥックシティの上層部に潜む富裕層。その底知れない暗部との血みどろの闘い。
『ヴェロシティ』でもか今見えた要素だが、次作の『アノニマス』ではそこが物語の大きな鍵になってくるだろう。
ネズミの命と少女の運命と共に。
『Preface of マルドゥック・アノニマス』
無名のネズミによる、ガス室からの最後のレポートだ。
ウフコックがマルドゥックシティの闇を渡り歩いた記録が載っている。
それはもはや、『ヴェロシティ』のときよりも増幅した闇と化していた。それをただ一匹のネズミが垣間見たのだ。
そして、増加し続ける体重の重みで死んでしまう運命のネズミは、自ら「死」の瞬間を決めた。だから最後のレポートだ。
だが一人では死ねなかった。ネズミのこれまでが、最高の相棒であるその少女を引き寄せた。
ウフコックとバロット(『スクランブル』の主人公である少女)の行方、汚濁に満ちた都市の運命が決まる、《マルドゥックシリーズ》完結編への序章。
著者インタビュー 『古典化を阻止するための試み』
『SFマガジン2010年12月号』に掲載された、著者のインタビュー。
改稿を終えたばかりの『マルドゥック・スクランブル』について語っている。
『スクランブル』と『ヴェロシティ』を読み返したくなり、『アノニマス』への期待が否応にも高まるインタビュー。
抜粋収録 『事件屋稼業』
『スクランブル』の初期原稿を抜粋で収録。あの傑作の原型となった物語だ。
といった感じで、短編集であるにも関わらず、物凄い情報量と熱量を持った作品だった。
まだ著者の本を読んだことがない方は、まず『マルドゥック・スクランブル』を読むことをおススメする。
この『スクランブル』は最近全面改稿して、単行本の〈改訂新版〉と、文庫三冊の〈完全版〉が存在するのだ。
どちらも良いけど、おススメは文庫の〈完全版〉。