グレッグ・イーガン 『祈りの海』
- 祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)/グレッグ イーガン
- ¥882
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現代を代表するSF作家、グレッグ・イーガンの初期短編集。
やはりイーガンは凄い。
『貸金庫』や『キューティ』、『ぼくになることを』などでは比較的わかりやすいイーガンだったが、『繭』、『無限の暗殺者』はいつものイーガンだった。
中でも表題作の中編『祈りの海』は素晴らしい。
「神の娘ベアトリス」や「天使」などと、イーガンにしては珍しく宗教色が濃厚な作品だが、収録作中唯一、地球以外の場所が舞台になっている。
イーガンといえば、最先端のテクノロジーをハードSF的に料理して自己のアイデンティティーを模索する主人公を描くことで有名だが、《宗教と科学》についても結構描いている。
科学技術に馴染んだ人間と、宗教的なことから逃れられない人間。その二つが相対して物語が進む。
そしてSF作家だからといって、最終的に「やはり宗教はデタラメで、科学こそがこの世の道理だ」などと一方的な結論には至らない。
なんというかイーガンは、科学と宗教両方の立場に立ってみせ、そして最後は科学のほうを『選ぶ』のだ。決め付けるのではなく『選ぶ』。
神を信じる者と、信じない者。
『祈りの海』の中で、ずっと神を信じてきた主人公が後半になって逆の考えを持つようになったのは、少なくとも「信じない者」は「信じる者」よりもフェアだったからだ。冷静だったから。客観的だったから。
イーガンが嫌うのは宗教ではなく、「なにか一つのことを盲信して閉じこもる人々」なのだと思う。
主人公はそんな自分に気付き、自己を見つめ直す。アイデンティティーを取り戻す。
そしてそれはSFでしか書けないことであり、イーガンだからこそ書ける物語なのだ。