宮部みゆき 『英雄の書』
- 英雄の書 (カッパ・ノベルス)/宮部みゆき
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大人気作家、宮部みゆきのファンタジー?長編。
「?」が付いているのは、はたしてこれをファンタジーを言ってしまっていいのだろうかと疑問だからだ。
あらすじを簡単に書くと、
小学五年生の森崎友理子の兄、大樹(ひろき)が同級生をナイフで刺して逃走する。大樹はとても人格者で優等生で、とてもそんなことをするとは思えない。行方を捜す森崎家だが、依然として行方知れず。悲観に暮れる友理子に話しかけてくる声は、なんと一冊の『本』だった。
その『本』によれば、大樹は《英雄》に魅入られてしまったというのだ。《英雄》は、決して善だけではなく、善と悪が裏表になった存在で、「無名の地」から破獄して、〈器〉を探していた。その〈最後の器〉が大樹だったのだ。
とある事情により〈怒り〉を宿し、〈力〉を求めていた大樹は、その《英雄》に魅入られ、同級生を刺し、異なる〈領域〉に消えてしまった。
そして友理子の、兄を探す旅が始まる……。
と書くと、発端はちょっと重いけど、波乱万丈なヤングアダルトファンタジーが始まりそうに思える。
事実、そういった要素も多い。
子供が主人公だし、喋る本(のちにネズミに変身する)は出てくるし、RPGのように様々な世界を旅する。剣も魔法も出てくる。
だが最後まで読むとわかる。これはただの『ファンタジー』ではない。ましてや子供向けではない。
これは、物語を読むあらゆる人間に対しての『物語の哲学書』だ。
物語を創る業。世界を創ってしまう業。それを求め、読む業。
それは時に、「罪」と呼ばれる。《咎人》と。
物語ることは罪だが、人間はそれなくしては生きていけない。
巡る物語に終わりはなく、循環する地が『無名の地』だ。そしてそこに従事する「無名僧」がこの話のキーパーソンになる。
これがただの『ファンタジー』でないのは、結末の、決して優しくはない、ハッピーエンドとは程遠い展開に表れている。
これをファンタジーだと思って読んできた読者は、そこで突き放される。これは紛れもなく『人間の業』を扱った物語なのだ。
この本はとても哀しい。そしてそれと同時にとても優しく、厳しい。
作家にとってこの物語は、《禁忌の書》なのではないだろうか。
そんな物語を書いてしまった宮部さんは、作家としてとんでもない地平に到達してしまったのかもしれない。
少なくとも、駆け出しの作家に書けるものではない。
何十年も、物語と真摯に向き合ってきた人だからこそ書けた本なのだ。
恐れ入る傑作でした。
願わくば、続編でまた友理子の活躍を見たいけど、そういう展開を求める本じゃないような気もするし……。