恩田陸 『黒と茶の幻想』
- 黒と茶の幻想 (上) (講談社文庫)/恩田 陸
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好きすぎる作家の一人、恩田陸の初期長編。
屋久島(作中では「Y島」と表記されてるけど間違いなく屋久島)に旅行に出た旧友四人の、過去や小さいエピソードの連なりで構築された長編。
語り手は四人それぞれ。
旅のお題は《美しい謎》。各自がそれを持参してくる。
恩田陸は本当に人の心の描写が巧い。
それは輝かしいものよりも、暗部、闇の部分が多いのだけど。
こういう恩田作品は気軽に読めない。
日々の生活の中で忘れてしまっている、あるいは無意識に見ないようにしている《絶望》に気付かされるからだ。
登場人物五人(憂理も含む)の絶望を、自分の中にも見つけてしまう。
そしてもう見ないフリはできなくなる。
だからいちいち手が止まって考えに耽って、ページが進まなくなるのだ。
それはある種の快感でもあって、「そうそう、俺もそう思ってたよ」とか、「そういうことってあるよねぇ」とか、「その闇は俺の中にもある。その深淵を知っている」という気持ちになる。
語り手の四人はそれぞれに『見たくない場所、知りたくないこと』を持っていて、この旅でそれぞれそのことに向き合う。
それが読者にとっては一番の《美しい謎》なのだ。
話のメイン(利枝子・蒔生・憂理の三角関係)だけ見ると恋愛小説のようなのに、恩田陸だとそうはならないところが素晴らしい。
この人は根っからの《謎好き》なんだなと思える。
物語の序盤からの引用。
『「きっとみんなそうなんだろうなあ。自分に来るはずはないって子供の頃から思ってた日がいつもいつのまにか来てる。最後に自分が死ぬ瞬間まで、きっとまだだ、まだ自分にその日が来るはずなはないって思ってるんだろうなあ」
(中略)
不意に懐かしくなり、不意に胸の奥が痛くなる。
そうだった。あなたはいつもそうだった。そんなふうに少年のような目をして、いつも残酷で本当のことを言うのだ。』
そして別の語り手による終盤のモノローグから引用。
『泣かないで。別れは終わりじゃない。別れが始まりであることが、あなたにもいつかわかる。』
この二つはなんの関係もないセリフだけど、物語のカタストロフを象徴しているようで感慨深い。
彼ら彼女らは、この旅で何か失くし、何かを諦め、そして何かに決着をつけた。
それは決してネガティヴなことではなくて、これからを生きるために必要なものだったのだ。
読むのに時間がかかったけど、良い本でした。
屋久島行きたい……。