夏になって日焼けをすると

点滴の跡が浮かび上がってくる。

何ヶ月も針を入れっぱなしにしていた所の皮膚は

そこだけ日焼けせずに、穴があいたように白くなる。

中2の時に、約半年間も入院してたことなんて

記憶がどんどん薄れてって 夢だったんじゃないかと思う時もあるけど

この跡を見ると、あの体験は 夢なんかじゃないよなと思い知らされる。

辛すぎた体験の記憶が ここに宿ってる。

実は私、自分1人で物事を決めるのがとても怖いです。




次の仕事は、のんびり探した。

塾で血反吐が出るほど苦しみながら働き、お金を好きな事に使うという発想など 到底生まれなかった生活をしていたため

少しの間 何もしなくても暮らせるくらいの貯金は、 自然と貯まっていた。


誰にも相談はしなかった。

お母さんに執着している私は、「どんな仕事しようかな」「この会社の面接行ってきた!」など逐一報告したかったと思う。

もっとお母さんなんか放っておいて 自分の好きなようにやればいいのに、なぜかどうしてもそれが出来ない。


それは多分、『仕事辞めたけど遊んでないよ!』『次の仕事 一生懸命探してるよ!』と頑張っているアピールをして、お母さんを安心させたいという気持ちが消えないから。

この思考 どうにかならないのかな。


社会に出ていないと存在価値がないと感じて不安になってしまう私は、わりとすぐ 次の職に就いた。

この職場で、私の人生は180度変わる。




だけどそんな事 だーれも知らない。


誰にも言ったことがない。

実は私、お母さんもアダルトチルドレンだったんじゃないかなって

最近思っています。




私は言葉が出なかった。

悲しみと絶望と怒りと孤独。

『 こんなヤツに相談なんかするからだよ。

期待するだけ傷付くこと、もう何度も何度も繰り返してるのに。

一体いつになったら学習するの?』

暗く冷たくなった心の中で、私はそれだけを自問自答していた。


お母さんはいつも、世間体を気にした。

他人から恥ずかしいと思われるようなことは、絶対にしてくれるなよ という考えの人間だった。

だからいつだって事実だけが重要で、それに伴う相手の気持ちなんて一切考えない。

私がどれだけ辛いという話をしても、大変だねぇと言うだけで

お母さんの心は何も揺れない。

もしかしたら そんな話を聞かされること自体、面倒くさいと思っていたかな。


電話を切って、次の日 会社に辞表を出した。

心がなくなり 何も感じなくなっていたから、その時室長に何を言われたかも あまり覚えていない。

上司からは「辞表出したそうやな。」とドスの効いた低い声で言われ、睨み付けられた顔だけは覚えているけど

驚いたことに 私はそれに怯えるのではなく「みじめやな。」と心の中であざ笑っていた。




だけどそんな事 だーれも知らない。


誰にも言ったことがない。

実は私、

世界で1番お母さんが好きで

世界で1番お母さんが嫌いです。




私は、どうしていつもお母さんを求めてしまうのだろう。

これまで ひどいことされた記憶しかないのに。

何度 死んでくれ と思ったか分からない。


発狂して、気が狂いそうになるほど憎んでも

お母さんに甘えたい 優しくされたい 1番大切にしてほしい という

泣きたくなるような切ない気持ちは 絶対に消えてくれない。


それがこの病気の 本当に厄介な所なのかもしれない。


お母さんは、とても真剣に私の話を聞いてくれた。

たくさん同調して共感して、ひどい扱いをする会社に怒っている様子も見せてくれた。

私は、母親の愛を感じた気がして 胸がいっぱいになった。

辛かった想いも癒されていくようで、涙をこらえるのに必死だった。

だから「もう辞めちゃおうかなと思うんだよね…」と言った時も、温かい声で賛成してくれること以外に 何も想像出来なかった。


でも。

お母さんは言った。


「えっ…。そうなの?もう?

うーん、だけど せっかく入った会社だからねぇ。

ちょっと もったいないんじゃない?

あともうちょっとだけ 頑張ってみたら?」


息が止まった。

やっぱりね。




だけどそんな事 だーれも知らない。


誰にも言ったことがない。


実は私に、誰も味方はいませんでした。




上司のパワハラは、エスカレートした。

何を言われても、大人しく黙っている私に

「入ったばっかのバイトの方がまだましや。ゴミと同じ。」「いい加減にしろよ、クズが。」など、人格を否定するようなことを怒鳴り散らすようになった。


私は 全身に刺さる言葉の暴力を浴びながら、だんだん自分の存在価値が分からなくなっていった。

「私は 本当にゴミなんだ…。」

「何をやっても、全然うまく出来ない…。」

「迷惑しかかけてない私が、こんなとこで生きててごめんなさい…。」


耐えられなかった。

家に帰って どれだけもう限界だと涙を流しても、朝が来たら出社しなければならない。


ストレスで大量に髪が抜けるようになっても

家を出る時間になると 体が震えて思うように動けなくなっても

出社しないことは罪で、さらに大きな痛い目を見ることになる。


どうしてこんなことになったのかな。

やりがいのある 大好きな職種のはずなのに。

死んでしまいたいとしか 考えられなくなってるなんて。


私は思い切って、お母さんに電話してみることにした。

「そんなに酷いことされて 辛い思いしてるなら、すぐ辞めな!あんたの心の方が大事だからね。仕事はいくらでもある。」なんて、親らしいこと言ってもらえれば、辞表を出す決心が付くと思っていた。

お母さんに、背中を押してもらいたかった。


だけど結果的にお母さんは、優しく背中を押すのではなく

私を地獄の底へと蹴り落とした。




だけどそんな事 だーれも知らない。


誰にも言ったことがない。