「私は、勉強が嫌いだったんじゃない。
授業が嫌いだっただけなんだ。」
ある小説を読んでいて主人公が呟いた一言です。
学校を中退し、一人で生きることを決心した主人公が、学校から離れたことで「勉強をしたい」気持ちが高まり、高認試験を目指して勉強をします。
やり出すと、勉強は面白いんだ、ということに気づき、この発言が出てきます。
「勉強」というと、
多くの人が真っ先に思い浮かべるのは
「学校の授業」のことでしょう。
数式をだらだらと話すだけ、
やたらと多い宿題、
やらなかったら叱責され、
いい点数を取ったら「次はもっと頑張れ」と言われる。
つまらない授業を聴くのは
本当に「つまらない」ものです。
こういうと
「今の子どもたちは嫌なことを我慢できない」という人がいますが、
それは言い訳です。
子どもたちは、いい授業は真剣に耳を傾けて聴いてくれるものです。
つまらないことをつまらなく話すからつまらなくなるのです。
少し話がずれました。
私たちが想像する「勉強」は、つまらないと感じていたものです。
しかし知らないことを知っていることにつなげる行為は、本来私たちは「大好き」なものです。
知らないことは「知りたい」と思うように
私たちはできているのです。
勉強はたくさんの知らないことを学ぶ機会になります。
これが面白くないはずがないのです。
勉強の面白みが分かった人は強いです。
生涯勉強し続けることができるからです。
知識が増え、それを元に新しいことを考えることが楽しくなります。
人生にも活力が生まれてきます。
学校の勉強だけが勉強ではありません。
それはごくごく一部のものです。
そもそも勉強は教えてもらうものではありません。自分で学ぶものです。
教えられることに慣れてしまうから、
強制されているように
感じるのです。
自分から学びに行く姿勢を持てば、
どんなことだって面白くなるものなのです。
教えられることになれるのはやめましょう。
勉強は掴みにいくことなのです。