24年目の1日です。
この震災は、私にとっても
生涯忘れることのできない震災です。
当時私は小学校6年生で、
就寝中でした。
それまでに味わったことのない
大きく、そして長い揺れで目を覚ましました。
それがその日に起こる
大災害の始まりでした。
幸いここ丹波市(当時氷上郡)は
大きな被害はありませんでしたが、
その後見た神戸の様子に
声を失います。
震災が起こって、
確か一週間も経っていない頃だったかと思いますが
(この辺り、少し記憶があやふやです。)
長田に住む親戚の元に家族で向かいました。
親戚は小学校の体育館に避難し被災生活を送っていました。
荷物がまだアパートに残っているから
ということで取りに行ったのですが
街中は、本当にテレビで見た
「戦争」の後のようでした。
親戚が住んでいた二階建てのアパートも
一階が完全に押しつぶされており
8人の方が亡くなられたと聞きました。
傾いたアパートの中に入ったことも
思い出します。
(おそらく今だったら、小学生が壊れかけた建物の中に入ることは
NGだったと思います。その震災は前例が無く、
あらゆることが後手に進んでいきました)
母の第二の故郷でもあり
親戚も住んでいるので
幼少の頃から神戸に行くことは多かったです。
その神戸の街が
見る影もなくなってしまいました。
「もう復興は無理かもしれない」
子どもながらにそう思いました。
その6年後に大学生になり
三宮によく行くようになりました。
もうその頃には震災の影がほとんどなくなっていました。
何も知らない人が見たら
あれだけの震災が起こったことにも
気づかなかったと思います。
たった数年で復興して行った神戸の街を見て
信じられない思いになったことを思い出します。
この震災では
政府の対応が後手に回り
多くの課題が残りました。
だからこそ、その後法律を変え
迅速に対応できる体制を作る
きっかけにもなりました。
兵庫県以外の方にとっては
「そんなこともあったなあ」くらいのものかもしれません。
しかしながら、兵庫で生まれ育った人間にとっては
生涯忘れることのできない体験でした。
きっと東北や新潟、広島、岡山の方達と同じように。
昨日3歳になる娘に
今日の日のことを教えました。
まだよく理解はできていませんが
これからも毎年この日のことは
伝え続けたいと思っています。