お盆の季節です。
祖父がこの5月に亡くなったので初盆です。
そろそろ帰って来る頃でしょうか。
親類集まってにぎやかに迎えたいです。


今日のテーマは「曖昧さを受け入れる」ことについてです。


子どもたちの悩みを考えるときに、
大事にしなければならないことがあります。


それは「原因がすぐに分かるわけではない」ということです。


なぜか?
それは「本人にも自分がなぜ学校に行けないのかよく分からないから」です。


周りの大人たちはこう質問します。
「どうして学校に行かないのか?」
「何が理由なのか?」
「どうしたらいいのか?」


この質問は子どもたちにとっては、
かなり厳しいものです。


それが明確に分かっていれば、
学校に行けない、ということは無いからです。


自分でもどうしてできないのか分からないから、
苦しんでいます。


この思いに気付かず、
詰問してしまう方は実は多いのです。


お子さんとしてもこのように周りから訊かれるので、
「何か答えないといけない」と思います。


「人間関係が辛い」
「勉強が追いつけない」
等の理由を「考えて」答えます。


聴いた大人は、
「じゃあこうしたらいい」と改善策を提示します。


ただこれがすべてではありません。
アドバイスも効果が無いので、
周りは余計にイライラします。


ただそもそも「理由がはっきりしない」ことに、
本人も苦しんでいるのです。


そう簡単に問題が解決するわけではありません。


「自分でもどうしていいか分からない」と悩まれる方は本当に多いのです。
このことは周りは理解しておきましょう。


ただ、「では原因分析はしてはならないのか?」というと、
そういうわけではありません。


「安易な」原因分析はしても効果は無いでしょう。
ただ「自分でも分からないけれど、何か苦しいんだな」という
曖昧な要素も受け止める方法ならば、必要なことでもあります。


原因がはっきりしないのが不登校です。
曖昧さも許容することが、
周りにも求められることなのです。

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