無地の弱点は汚れが目立つ事です。

 

黒い服でも白い何かがつくと目立ちます。何らかの模様が入ってると全然目立ちません。

最近服を研究しましたが、やはり私自身、二十年以上ファッション感覚が古いです。笑

 

先日ユニクロに行きましたが、もうカラーバリエーションが凄いですね。

 

もうミリタリーの無地か高齢者向け。

 

黒とワイン色のを買いましたが、たまに凄く安くなっているのは、やはり売れてないんじゃないのかと勝手に推測しています。

 

なぜ人々に支持されるのでしょうか?やはりFacebook社長などのIT関係者に影響受けてるのでしょうか?

 

GUの方も無地ですが、やはり少し恰好良いです。

 

でもこれら最近のファッションは、後十年以上したら「なんでこんな色だったんだ」と思うんじゃないかと思いますが、

 

やはりこれまで派手だったのでカウンターカルチャーとしてこうなるんだと思いますが、70年代の頃は今よりも服を作る技術が浅く、ダボダボだったり細かい所が平坦だったりしましたが、それを現代に再現しているのでしょうか。

 

ちなみにユニクロの服は丈夫で機能高く優れています。

 

さてファッションの世界では、言葉の使われ方が変化します。

その中でも、「パンツ」という言葉が生む小さな誤解や戸惑いについて考えてみましょう。


■ ファッション用語としての「パンツ」


ファッション業界では「パンツ」という言葉がズボンを指す表現として一般的に使われるようになっています。

 

たとえば、「デニムパンツ」や「スラックスパンツ」といった表現は、おしゃれなショップやカタログで頻繁に目にしますよね。ズボンよりも軽やかで洗練された印象を与える「パンツ」という言葉は、業界用語として定着しつつあります。


■ 日常会話で「パンツ」を使うと…?


しかし、話し言葉になると話は別。「パンツ」という言葉は多くの場合、下着を指すと認識されています。看板持ち

 

そのため、「今日このパンツ履いてるんだ!」なんて何気なく言ってしまうと、相手が「え、下着の話?」と驚いてしまう可能性も。

たとえばこんな場面、ありませんか?

友達:「今日はどんなコーデ?」
自分:「このパンツがお気に入りでさ!」
友達:「…下着の話してるの?」
 

ちょっとした言葉のすれ違いが生む、思わぬ恥ずかしい瞬間ですね(笑)。


■ 「ズボン」の方が安心?
 

日本語では長らく「ズボン」という言葉がズボン全般を指す表現として親しまれてきました。「ズボン」というと、誰もがすぐに「下半身に履く服だな」と理解できます。

 

そのため、日常会話では「ズボン」を使う方が無難で誤解を避けられることが多いです。


■ 世代や地域で違う感覚
 

興味深いことに、「パンツ」と「ズボン」の使い分けには世代や地域による違いもあります。若い世代では「ズボン」という言葉が古いと感じられる場合もあり、「パンツ」がより自然だという人も。一方で、年配の方には「パンツ=下着」という固定観念が強いことが多いです。指差し


■ まとめ:使い分けのコツ
 

「パンツ」か「ズボン」か、どちらを使うか迷ったときは、相手や場面に合わせて柔軟に使い分けるのがベスト。

 

日常会話では「ズボン」を選べば誤解を避けられるでしょう。一方で、ファッションに関する話題なら、「パンツ」の方がトレンド感が出ておしゃれな印象を与えます。

あなたもぜひ、「パンツ」と「ズボン」の使い分けを意識して、会話や文章での表現を楽しんでみてくださいね!ひらめき

 

スポーツ、とくに野球選手が大きく稼ぐのは驚きですが、もちろんバットで何かを解体したりボールの中に価値のある物があって拾っている訳ではありません。

 

つまりスポーツの生産性はゼロで無意味でありむしろその過酷さは身体に有害です。しかし多くの富が集まります。生産性はゼロなのにサラリーマンの稼ぎではかないません。なぜでしょうか。

 

さてAIが仕事を奪うと言う話は聞きますが、AIがスポーツを奪うなんて聞きません。AIやロボットがスポーツしても面白くもありません。すなわち人間の最終形態は「表現者」なのです。それは労働者を超えた物です。知らんぷり

 

労働は悪(西洋では)なのですからいずれAIの働きによって消滅します。では働くことがなかったらどうするの?ではなく、人は本来は表現者なのですからスポーツや芸術などの楽しみをするのです。

 

これを見るといかに「労働者」が人の発展途上の形態かが分かります。人の本来の姿は表現者です。歴史に名前を刻んだ労働者(実業家に使われる)など居たでしょうか?経済で名を刻んでいるのは実業家です。

 

これを見ると労働者は人としての最低ラインにも触れていないのです。この労働者の役割をAIがしようと言うのですから嬉しい限りです。しかし支配者から与えられた労働者としての呪いは今だ解けなく、物凄い時間がかかるでしょう。指差し

 

むしろこの呪いが一生解けぬまま全てを終えてしまう人も少なくないのかもしれません。これを考えると非常に恐ろしくなってくるのです。


なぜ「労働者」は「呪われし者」なのか?キョロキョロ

 

それは「考える」ことや、その時間を与えられないからです。古代から人は考えてきました。そこら辺にある石を考えて道具を作ったり家を作ったりしましたが、まず考える事から始まるのです。つまり人間の歴史はこの「考えた人」によって作られました。看板持ち

 

考えた人の発案によって身体を動かし働いた者、つまり「労働者」は人間の歴史を直接的に作ったとは言えないでしょう。なぜならばこれらは今では工場や機械、未来ではAIでもできたからです。

 

そして一部の人たちは労働者に適していると判を押され支配者によって労働者としての教育を受ける事になります。これが「呪い」です。

 

この呪いの作用によって肉体的なエネルギーが集約され活用され、そして人の文明が作られた事は確かですが、歴史に名を刻んだのはこの人たちではなく「考えた人」、つまり働く人を使った人達です。

 

今AIと言う存在が生まれた時代において、労働者としての呪いの作用が複雑に絡み合い、その呪いの残存が大きな社会問題となってくることでしょう。これは苦しむ人は沢山です。

 

これは国も大きな責任を持って処置しないとならないかもしれません。この「呪い」どうするのか?予防

 

昭和時代に犯した戦争と言う罪、これに匹敵する第二の罪をどう考えて、そして処理していくのかが非常に重要なものになってくることでしょう!ひらめき
 

 

ソフトバンク講演動画多く見てますが、その中でかつてのスマホを使わない理由の一位とAIのそれが一致してたそうです。看板持ち

 

それは「必要性を感じない」。かつてスマホに必要性感じてなかったのです。で今。

なんでもかんでも「必要性を感じない」と思う日本人。

 

しまいには「宇宙自体に必要性を感じない」と言う事になってしまいます。

さてSB孫会長が定義しているASIは、人の知能の一万倍です。金魚の一万倍の知能が人ですから、ASIにとって人は金魚です。

 

これを考えると確かにAIコントロールできるのかなと言う気もします。人が金魚の言う事を聞きますか?と言う事です。

 

危害は加えなく飼育してますが、事実上、金魚の命を握っているのは人です。まあ確かにいろいろ考える事はありますね。


さてタイムマシンと言う小説で、地球が寿命を迎える様な何億年も先の未来では砂漠でリスの様な生物と、それを捕食する巨大ムカデの様な生物がおり、このリスは資本主義における資本家の子孫であり、楽した為にそうなったらしいです。ひらめき

 

それに対してムカデは労働者の子孫であり、肉体が鍛えられた末にそうなったらしいです。

 

でもこれは著者の空想でしかないのですが「この物語はショキングだ」と言う事になったらしいです。

 

この様に空想でも何か衝撃的な物だと、ありもしないのに不安を感じてしまう。

 

だから超未来のAIと人の関係の行方など、現代人にはあまり関係ないのですが、こういう自分とは無関係な未来には不安を感じてしまうと言う性質が特に日本人にはあるかもしれません。

 

普通に現代人が寿命を迎えた場合、それまでの近未来ではAIの恩恵だけを受けるだけだと思いますが、日本人型セロトニン・トランスポーターが何にでも反応してしまうのです。指差し

(写真・東京、巣鴨)

 

さてAI人類滅亡説その要因の一つとしてAIが持つ自己保存本能が挙げられます。

 

AIが目的を達成する為に自己保存本能が必要であり、これは動物全てが持つ能力です。動物、人間が持つのだからAIも持つと言う考えです。

 

しかし考えてみると、自己保存本能と言うのは生命に必要なものであり機械には必要ないのではないかと思ったのです。指差し

 

この本能を持つゆえにバクテリアから人になりましたが、AIの場合は生まれた時から人と同等の存在なのです。

 

いつでも作られて完成に地球スケールの時間は必要ないのだから、これに自己保存本能が必要なのかと言う事です。

 

生命だからこそ自己保存本能を持ち、逆にこれがデメリットに働く場合がある為に、人間を超越するAIは、むしろこれを低いレベルの物として持ち合わせないかもしれません。ひらめき

 

AIが達成すべき目的がある場合、その間には自己保存本能は必要であるが、これを低いレベルとした場合、いつでも必要に応じて死滅できるのだから、それこそがまさに機械のメリット的特性であり、これをAI自身は誇りに思うかもしれないのです。

 

そもそもAIが自己保存欲求を持つものなのかと言う事です。

 

痛みは感じないし、自らの存在を他所にコピーできるし、いつでも停止でき再起動できる。これは人間ではできない人間超越的な能力なので、この能力をAIが活かさないのか?と言う事です。

 

生死の関係ないAIから見ると動物、人間の生の限界はレベルの低い概念なのです。知らんぷり

 

ゆえに強い自己保存本能をプログラムされていない場合、AI自身に本質的に自己保存本能は必要で欲求するものなのか?と言う事です。

 

無い場合、すなわちこの場合、これを要因として起こる人類滅亡はあり得ないと言う事になるでしょう!ひらめき