前にバイクのタイヤを変える時に思い浮かんだ事がありました。むかしF1レースでミシュランのタイヤの危険が疑われ、その結果、日本のブリジストンのタイヤを履いた車だけでレースしたと言う出来事です。

そこでやはり日本って凄いなー、ブリジストン凄いなーと思って、タイヤをブリジストンにした訳ですが、よく考えてみれば私はF1レーサーではありません。

 

普通に街乗りのバイクで、どうせタイヤは磨り減るのだしアジアの無名メーカーでも大して変わらない訳です。


この「ブリジストン凄い」と言うイメージは日常的必要機能を超えたブランドイメージです。

いくらブリジストンがミシュランや他のタイヤメーカーより安全と言っても、それが露になるのは爆走するF1レースでの状況であって、日常の買い物で使うバイクの話などには及ばない訳です。日常レベルでは、どれも同じ訳です。

しかし頭の中でブリジストンのタイヤの車だけがレースに参加して勝利できたと言うイメージだけが、物凄く無駄に購入意欲をそそるのです。

これを考えると実は日本の産物が優れていると言うのは、まだ国際社会や人類が甘えていると言う証拠です。

どういう事かと言うと、これからの人類は火星など他惑星に移住するミッションが求められます。

 

これは簡単に言うと地球の資源が地球の為に使われるのでなく他惑星生活に使われると言う事で、これが本格的に人類全体で行われると、もう日本でも贅沢は言ってられなくなります。

日本の街並みは、世界の街並みより整備されていて綺麗ですが、もうそれが無くなるのです。大陸は広すぎて整備できないから綺麗ではないのに、日本人はこれまで島国だったからそれが可能だったのです。

もしかしたら、どんな民族でも数百年あれば日本列島レベルの面積であれば、全部の街を綺麗に構築できたかもしれません。大陸では王朝が滅亡したり生まれたりするので、そんな暇はありませんでした。

そう言った意味で高度成長期を迎えて、日本は街の建設と整備が、必要機能を超えて芸術レベルで行われてしまったのです。

しかしもし未来、他惑星移住ミッションが開始され国際社会で地球資源の分配が決定されれば、もう日本もアジアの中流国を馬鹿にできない程、街の綺麗さが無くなっていくのです。

 

それは、これまでの綺麗さは芸術や娯楽だったからです。キョロキョロ
 

 

実は以前から「ものづくり」と言う言葉に、多少の違和感を感じてます。白物家電があの現状で何がものづくりなのかと。

 

もちろん深くもあり広い意味で、無から有を生み出すと言う意味で積極的な意味で用いるのかもしれないし、粒子や電子レベルから着想して新しい物を生みだすと言う意味も込められているのかもしれませんが、一般的に「ものつくり」と言うと何かそこら辺の機械を整備したり組み立てたりと言うイメージなのです。

 

細かい歯車などの構造に詳しくて組み立てるのは情報/データー時代においては奴隷労働にならざるを得ません。

 

今や手にさわれる完成度100%の物よりも、研究途上でも物自体を監視しコントロールする事の方が大事なのです。

 

安全安心の日本の車産業が自動運転車時代に、より活躍する事は明確ですが、結局は日本の技術で作られたそれらの物はアメリカのデーターの下に管理されて運営されるだけです。

 

管理する方と動く方、どちらが大事かと言うと、部長と平社員どちらが大事かと言うのと同じで、平社員はどこにでもいる訳です。

 

失敗しない優秀な平社員よりも、やはり全てを見下ろして事情をしる部長の方が大事な存在な訳です。

 

いくら、物をつくっても、それを支配する構造を持たなければ世界のリーダーには永遠になれないでしょう。グラサン

 

現状ボストンダイナミクス社等で優れたロボットは開発されてますが、あの様な人間形のロボットは身近にはまだ見かけません。

 

そうなると、これから身近に見かけるロボットは自動運転車と言う事になります。

 

スマホで呼べば、そこら辺の道路に徘徊しているロボットが迎えに来てくれる様な物です。

 

もちろん座った人間を運ぶ形になっているので、形は四足歩行の動物の様な形を基本にして、手が前輪で足が後輪になってます。

 

あれはロボットなのです。そういえばあのロボットの前にも身近なロボットは存在してました。ファミレスの猫の顔をした自動配膳機です。ですので自動運転車も前面は動物の顔の様にすればウケると思います。

 

思えば、あれらの一体何が「自動車」だったのか考えさせられます。あれらは自動車ではなく「手動車」だったのではないかと。自動運転車こそ本当の意味での自動車なのです。馬

 

日本のGPTの利用率が低いのは、私は日本人・日本企業が一歩踏み出してヒントを得ようとしないからだと思っています。

 

時にして確実な答えを出すのはGPTは向いてないのでありまして、でも問いに対しての答えが欲しい訳ですね。

 

それでGPTは、始めに出力した言葉から連想して出力を続ける訳ですが、人間もそうでして、初対面でいきなり本質的な話など出るわけがないのです。

 

 

「今日は良い天気ですね」と言う無意味な言葉から始まって「そう言えば今日はニュースで」みたいな感じで話が進みます。話始めないと会話にならない訳です。

 

はじめから価値のある話をする事ができないからと黙っていてはダメでして、話が得意でなくてもなんらかの一言を言えば、そこから発展する訳です。

 

つまりはじめから完全な答えを得ようとするのみで、一歩一歩先に出て不確実でもヒントを得ようとしない訳です。

 

 

漠然と先のわからないテーマに関してGPTが箇条書きで細かくサブテーマを答えてくれる時がありますが、その様にヒントを教えてくれる事が沢山ありますので、まさにGPTは「答え」を教えてくれるものではなく「ヒント」を出してくれるツールなのだと言う認識で使うのが良いのではないかと思っておるのでございます。

 

まともな日本実写映画の種類があまり無く、見たい場合は韓国映画を見る訳ですが、それとは別に・・・。

 

結局なんでも新たな物に驚き不安がるのは日本人が基本的にSFに興味がないからで、結局の所「宇宙はあるけれど別に普通に御飯とか食べて楽しければいいじゃない」と言うのが本音でして、それは確かに宇宙は必要ないのですが、アメリカではより宇宙を身近にと実写とCGで宇宙映画を多く作る訳です。

 

日本ではガンダム、ヤマトがあるだろうと言うけれど、やはり技術的、時代考証的にもアニメだから逃げが効くのであり、アニメの世界がそのまま日常生活を進化させようと言う原動力にはつながりにくい訳です。

 

 

実写風CGだとリアルでないと冷めるので、現実に近くしようとするので、脳記憶的にもSFで起きる事は身近に感じられ新技術に対する驚きは無く、すんなり進化を受けいられるのです。

 

火星なんかも宇宙に浮かんでいるあの赤い惑星をイメージするわけですが、実際には探索機からの写真の様に色彩を変えれば地球の砂漠などと一緒で、条件さえ可能なら住んでもなんら違和感が無い訳でSF的な「火星」ではなく、アメリカの砂漠や中東に遊んできたと行った感じで気楽な物なのです。

 

火星に住めれば地球の砂漠と一緒ですから、移動中の宇宙船で眠っていれば、地球から砂漠に到着しただけであり、凄い物でもなく普通の旅行と一緒になる訳です。

 

 

しかし、これが大袈裟になると「他惑星に移住するのは神の意思に反する」とかなる訳ですが、普通に地球に似た砂漠に行くだけですから何の驚きもない訳です。

 

この話を小さくしてみると、今度は自動運転とかで「未来が来た」とか「凄い」とか、未知の物だから危険だと大騒ぎになる訳ですが、普段からスマホを使っていれば自分の位置とかリアルタイムで分かる訳ですから、その延長線で言えば何の驚きも無い訳です。

 

そう言った訳で、GPTも「単に言語データーから確率で選んで出力している」と言うのは、軽視している訳ではない場合ですが、やたら「凄い」と動揺するくらいならば、まだこの程度かと思って将来のGPTに期待した方が技術進化の上での心理的な障害がないので良いです。

 

 

何か日本と言うのは村長みたいな感じで、木造で出来た建物の中で日曜朝のワイドショーみたいな感じで出来事に対して「判定」しようと言う気持ちがあるのではないかと思います。

 

なにか不思議な事に、動かないで座ってるだけで世間の出来事を判定してる方が偉く見えてしまう訳ですね。

 

なにか動いていたりすると滑稽に見えてしまうと言うか、なにか「和」を基本にして、動いている事象の良し悪しを判定してた方が偉くみえるのです。

 

しかし、だからと言って現状の戦争などに関しては日本が何か影響力も与えたと言う事はないのです。戦争は悪いと言う判定は下しているとは思うのですが、判定するのみで、それだけで、その先が無く、それで終わりな訳です。