まともな日本実写映画の種類があまり無く、見たい場合は韓国映画を見る訳ですが、それとは別に・・・。
結局なんでも新たな物に驚き不安がるのは日本人が基本的にSFに興味がないからで、結局の所「宇宙はあるけれど別に普通に御飯とか食べて楽しければいいじゃない」と言うのが本音でして、それは確かに宇宙は必要ないのですが、アメリカではより宇宙を身近にと実写とCGで宇宙映画を多く作る訳です。
日本ではガンダム、ヤマトがあるだろうと言うけれど、やはり技術的、時代考証的にもアニメだから逃げが効くのであり、アニメの世界がそのまま日常生活を進化させようと言う原動力にはつながりにくい訳です。
実写風CGだとリアルでないと冷めるので、現実に近くしようとするので、脳記憶的にもSFで起きる事は身近に感じられ新技術に対する驚きは無く、すんなり進化を受けいられるのです。
火星なんかも宇宙に浮かんでいるあの赤い惑星をイメージするわけですが、実際には探索機からの写真の様に色彩を変えれば地球の砂漠などと一緒で、条件さえ可能なら住んでもなんら違和感が無い訳でSF的な「火星」ではなく、アメリカの砂漠や中東に遊んできたと行った感じで気楽な物なのです。
火星に住めれば地球の砂漠と一緒ですから、移動中の宇宙船で眠っていれば、地球から砂漠に到着しただけであり、凄い物でもなく普通の旅行と一緒になる訳です。
しかし、これが大袈裟になると「他惑星に移住するのは神の意思に反する」とかなる訳ですが、普通に地球に似た砂漠に行くだけですから何の驚きもない訳です。
この話を小さくしてみると、今度は自動運転とかで「未来が来た」とか「凄い」とか、未知の物だから危険だと大騒ぎになる訳ですが、普段からスマホを使っていれば自分の位置とかリアルタイムで分かる訳ですから、その延長線で言えば何の驚きも無い訳です。
そう言った訳で、GPTも「単に言語データーから確率で選んで出力している」と言うのは、軽視している訳ではない場合ですが、やたら「凄い」と動揺するくらいならば、まだこの程度かと思って将来のGPTに期待した方が技術進化の上での心理的な障害がないので良いです。
何か日本と言うのは村長みたいな感じで、木造で出来た建物の中で日曜朝のワイドショーみたいな感じで出来事に対して「判定」しようと言う気持ちがあるのではないかと思います。
なにか不思議な事に、動かないで座ってるだけで世間の出来事を判定してる方が偉く見えてしまう訳ですね。
なにか動いていたりすると滑稽に見えてしまうと言うか、なにか「和」を基本にして、動いている事象の良し悪しを判定してた方が偉くみえるのです。
しかし、だからと言って現状の戦争などに関しては日本が何か影響力も与えたと言う事はないのです。戦争は悪いと言う判定は下しているとは思うのですが、判定するのみで、それだけで、その先が無く、それで終わりな訳です。
