2015年野村総合研究所発表の

 

労働のAIロボット代替確率49%は

 

当研究所のあえての

 

優しさだったのかもしれません。

 

 

 

しかも「その可能性が高い」

 

と言う事ですから

 

「49%の可能性が高い」と

 

二重で確率提示しています。

 

 

 

つまり49%じゃない可能性も

 

あると言うことでして、

 

本当は50%を軽く

 

超えていたのかもしれませんが

 

あえて40%台に

 

抑えたのかもしれません。

 

 

 

私の予想としては8:2の法則から

 

80%以上の労働が代替されると思います。

 

日本人が使う日本語と言うのは阿吽の呼吸ありきで機能するものですから、これをそのまま外国語に訳してもこれを使って会話している二人の日本人が何を言っているのか分からないのでは?と言う疑問があります。

 

それとは別に希望的観測に基づく断定調にも注意で、例えば「○○は○○だ」等と言う時にはデーターや根拠に基づいた内容を飛ばして、そのまま断定的に結論つける物も多いです。

 

それらをわざわざ希望的観測に基づくものなのか?と言う指摘をすると時間がかかってしまうのですが、多くの人々が断定調で結論を書くと、やがて我々の潜在意識内でそれが事実化してしまう恐れがあるのです。

 

例えば「酒や結婚は飽きるが、釣りは一生飽きない」等と言う中国古来のことわざも釣り好きの間では好まれる訳ですが、これは何のデーターにも基づいていないと言うのが理解できます。

 

まずこれは深く調査してみないと一体だれが言い出した物なのかと言う疑問に当ります。


確かに娯楽が少ない古代や中世ではありえたかもしれませんが、酒や結婚より飽きないと言う事が本当なのか?

 

実はこれは何一つの証拠もなく、この言葉は昔の誰かが自分でそう思って周囲に言い出したものであると言う事が推測できます。

 

ゆえに今流行りの「それはあなたの意見でしょう?」と言うセリフのも一理あるのです。


しかしこの「釣りは一生飽きない」と言う事を何回も唱えていると、娯楽に対しての性質が、ある個人の経験から来る思いではなく世界共通の精神科学的根拠のある事実だと潜在意識の中に入っていくのです。

 

もちろんこれは個人的に釣りが云々と言う訳でなく一つの例であるのですが、この様にして世界において無数に存在するあらゆるケースに対応した何種にも及ぶ言葉を、自分の都合で取ってつけてしまう事が可能なのです。

 

例えば間違った判断をした政治家が、同じ事をした昔の政治家の発言を用いて印象操作する事が可能であり、根拠の浅い判断であっても昔の政治家がその様に言ったと唱えれば、何も言わなかった時と比べて信用度も絶大に向上してしまうのです。

 

この様に個人的な希望的観測に元ずく断定調と、取って付けた古来からの言葉は世間では良く見られる事であり非常に注意なのです。

 

確かに「それをわざわざ検証するのか?」と言われなくもないのですが、この冷静になってみるとおかしい事柄はお互い気持ちよくなる為のファンタジーやオカルトの一種に過ぎず、それが命に関わる物でもないとまともに検証しない。それが世界で最も顕著な国民が日本人だとも思われるのです!キョロキョロ

 

いずれ「昔はコンピューターは言葉が分からないからプログラミング言語と言う物で入力していたんだ。」と言う時代が来ますね。

 

来年はいよいよAIに対しての驚きを沈静化させ、心に馴染ませ、実践的に活用させる必要があるかもしれません。

 

技術進化では人間がやりたい事をやる訳ですからコンピューターに人間の言葉を分かってもらわなければならない。


むしろ複雑なプログラムで指示しないとダメだったのが不思議な位だったのかもしれません。

 

時代が180度反転し、これからはもう沢山の驚愕と絶望も訪れ議論も巻き起こるでしょう。


人がどうイメージを脹らませる事ができるのか?もうこれからの時代は目で見て把握できません。


目で見えた物はニュース等の結果としての形であり、それを知っただけでは手遅れです。

 

これまで大切だと思われた常識や通念が、ことごとく機械的に消滅させられ、私自身も顔面蒼白状態に出来るだけならない様にしたいと思います。

 

AI登場はコンピューター(電子計算機)の進化上では当然の様に起こる事でありこれは単なる通過点です。


既に私達はスターウォーズに出てくる真面目なロボットを空想していた訳ですから、あれも一種のこれから起こる到達地点です。

 

機械には人間の様になってもらわないとダメでして、テスラも、なぜ人型ロボットを開発するのか?は人間が暮らす為に設計された社会では人間の形をしたロボットが一番効率的に動けるからだといっています。

 

それぞれの用途に形を合わせたロボットも必要ですが、人間型であれば人間が出来る事は全部代わりにできるのです!

 

私は「世界の中心で愛を叫ぶ」は良い映画だと思いますし主題歌も熱唱しましたが、先の震災頃から日本全体があの様な雰囲気になってきました。

 

テレビはほぼ見ないのですがつけるとあの生命保険のCMの様なテイストの映像ばかりが流れています。

 

あれらは一体何なんでしょうか?と思う訳ですが、特に差し当たりの無い映像でぼんやりしているのですが全く答えが見つからないあれらの無気力な映像。


恐らく国の支配者が国民を沈静化させる為に常日頃からメディアに指示を出してその様な映像を流しているのだと思います。

 

学校や会社での朝のお決まりの集まりみたいな感じで心を引き締める訳ですね。

 

「何かをしよう」と言うものではなく「何もするな」と言うメッセージなのです。

 

そして異常な程の表面的な素晴らしさとは真逆に実際にはたびたび起きている事件。


日本人の表面的には「ありがとうございます」「お・も・て・な・し」と言いながらも、心では「コノヤロウ」と思っている様な民族ならでは怖さが感じられるのです。

 

悪い態度はいけませんが、もっと普通で良いのでは?と思うのです。普通の事は普通に表現して、無理してプラスアルファを付け足さなくても良いのです。

 

せいぜい「ありがとうございました」で良く「またお越しくださいませ」は要らないのです。店員さんに負担かかります。

 

もう無いとは思いますが入店する度の「いらっしゃいませ、サンクスへようこそ」は要らなかったのです。

 

だからこそ清らかな映像になればなる程、裏で何かあるのではないかと一歩奥に入って考えてしまうのです。笑