私の価値観としてはハルシネーション(誤回答)は別にして、例えば学生がChatGPTを使用して宿題などの文を書くのは計算で電卓を使う様に問題が無い事であります。

 

無の状態である学生に自分の創造力を使えと言っても無理で(他人や先人の創造物から学んで自分の創造力を上げるから)、逆にどの様な文が創造的なのかをChatGPTを使って先に答えを知りながら学ぶのが、これからの時代は優れていると思います。

 

そしてChatGPTを使って答えを出せる物などは、これからは所詮はそれ位のレベルの内容となるのですから電卓を使う様に答えを知ってから、どの様に答えるのかの方法を体験して知ればよいのです。

 

つまりこれは、これまでは思考を凝らして処理していた事はAIがあるのだからそれでやれば良く、たとえ「それじゃ世からAIが無くなったらどうするんだ?」と言われてもそれは「計算機が世から無くなったらどうなるんだ?」と同じ事であり社会が原始時代に戻るほどの核戦争や隕石突入が無い限り困る事はないのです。

 

真の人間性や創造性はAIが介入したからと言って損なわれるレベルの物ではないのです。


表面的な人間主義を捨ててこそが本当の意味での人間主義なのです。

 

なぜならば人間は自分より優れた存在を認める事ができるからです。

 

それに多くのAI記事では、人間の創造性の存在性を断定するかの様な発言(「人間の創造性は必要なままである」等の文)がありますが、それは希望論でありデーター的に本当に人間に創造性があるのかは古今東西から不明であり、冷静に考えてみるとそもそも「創造性」とは人間を語る時の聞こえの良い差し障りがないイメージの単語でしかないのではないかと思ったのです。🥸

 

さてですが「死は単なる頭の中の概念の一種であり実在はしない」という事を聞いたことがありますか?


私たちは暇なときになぜそれを考えるのでしょうか?

 

実は、忙しい人には死を考える暇などありません。それは意味のないことであり、時間を無駄にするだけです。


私たちは前を見ることに集中し、進む勇気を持つべきなのです。

確かに、いつかの死というものは私たちの心に重くのしかかるものです。未知の領域であり、終わりという不可逆性を持っています。


しかし、それらを考えることは、自己啓発や人生の充実につながるのでしょうか?


もちろん、自己の人生観や哲学を深めるために、これらについて考えることもありですが、それに過度に囚われることは単に意味がありません。

私たちは前を見る勇気を持つべきです。目の前の現実と向き合い、自分の目標や夢に向かって歩みを進めることこそが意味のある時間の使い方です。


終焉を考える時間を無駄に過ごすのではなく、今この瞬間に集中し、自分自身の成長と進化に努めることが重要です。

過去に取り組んだことや失敗した経験、そこから学んだ教訓を胸に秘めながら、前を見る勇気を持ちましょう。


過去の出来事に囚われず、前向きに未来に向かって進むことで、より豊かな人生を築くことができるのです。

終焉は私たちの前にある不可逆の事実であり、それを無視することはできません。


しかし、それに執着することで今を生きる喜びや意味を見失ってしまっては本末転倒です。


大切なのは今この瞬間を大切にし、前を見る勇気をただ持ち続けることです。

今日から、過去の思い出や終わりについて考える時間を減らし、前を見ることに集中してみましょう。


自分の夢や目標に向かって努力し、充実した人生を築くために、意味のある時間を使いましょう。


既定の概念に囚われず、前を見る勇気を持って一歩ずつ前進しましょう!

 

私たち日本人は、自身の社会や日常生活の中で、やらしい態度や性格について考える必要があります。


この「やらしい」という言葉は、性的な意味ではなく、社会や日常において陰険な態度や陰謀を巡らせるなどといった意味を指しています。


本記事では、私たち日本人自身が注意すべきやらしい態度について探っていきます。


「表裏一体の関係」


日本社会には、表裏一体の関係性が存在します。私たちは表面上は礼儀正しく振る舞い、他人との関係を重視する傾向があります。


しかし、裏では陰険な思考や嫉妬心が渦巻いていることもあります。自身の内面と外面の一貫性を持ち、正直であることが大切です。


他人を思いやり、共に成長することで、より健全な社会を築くことができるでしょう。


「正義感の保持」


日本人は正義感や公正さを重んじることが多いと言われていますが、実際には正々堂々とした態度を貫くことが難しい場面もあります。


ビジネスや政治、インターネットの世界では、陰謀や裏工作が横行し、やらしい手段が日常茶飯事となっています。


自身の行動が社会全体に影響を及ぼすことを念頭に置き、正義感を持ち続けることが重要です。


「皆の利益を優先する意識」


この、やらしい態度や性格は、個人の利益追求によってもたらされることがあります。


しかし、私たちは日本社会において皆の利益を優先する意識を持つ必要があります。


自己中心的な行動や陰謀を巡らせることは、社会全体の健全な発展を阻害する可能性があります。


皆の利益を考え、協力し合うことで、より良い社会を築くことができるでしょう。


「誠実なコミュニケーションの重要性」
 

やらしい態度は、言葉や行動の中にも現れることがあります。私たちは誠実なコミュニケーションを心がけることで、誤解や陰謀の温床を避けることができます。


他人との対話や意見交換を通じて、互いを尊重し信頼を築くことが大切です。


誠実なコミュニケーションは、やらしい態度を解消し、より健全な人間関係を築く一助となります。


「まとめ」


私たち日本人は、日本社会の中でやらしい態度に注意を払うべきです。


表裏一体の関係、正義感の保持、皆の利益を優先する意識、誠実なコミュニケーション、これらが私たちの行動や態度に反映されるよう努めることが求められます。


個々人の努力が積み重なり、より調和の取れた社会を築くことができるでしょう!

 

皆さん、こんにちは。今日は、私たちの日常生活と北斗神拳伝承者のケンシロウの比較についてお話ししたいと思います。

ケンシロウは悲しみを知ることで奥義を極め、強くなりました。しかし、現実の私たちはケンシロウではありません。

ケンシロウは、マンガやアニメの「北斗の拳」世界に存在する架空のキャラクターです。彼は厳しい運命や悲劇に見舞われ、そこから力を得て成長していきました。


その物語は私たちに勇気や感動を与えるものであり、彼の苦難と成長の物語に共感することもできるでしょう。

しかし、私たちの現実の人生はケンシロウのような物語ではありません。

私たちは普通の人々であり、悲しみや苦難に直面することもありますが、それを経験することで即座に奥義を極める様な訳ではありません。

悲しみや苦難は、私たちにとって難しい試練かもしれません。


しかし、私たちが学ぶべきことは、ケンシロウのようにすぐに強くなることではなく、それらを通じて歩みを進めて成長することです。

私たちは不要な悲しみや苦難に遭遇しない為に、自分自身と向き合い、壁を乗り越えるために必要なリソースやサポートを見つける必要があります。


家族や友人の支え、専門家の助言、内なる強さや前向きなマインドセットなど、さまざまな要素が私たちの成長を助けることができます。

確かに悲しみや苦難を経験することは、私たちがより強くなり、より成熟した人間になるための重要なプロセスかもしれません。


しかし現実の私たちには、ケンシロウのような運や超人的な力や奥義習得の潜在性が備わっているわけではありません。

本当の悲しみという試練に直面したとき、ケンシロウのように強くなることはできません。


しかし私たちは、そうなる前に学び、成長し、より強い自分自身になることができるのです。

悲しみを回避するために事前学習を行うことは大切です。


悲しみや苦しみを経験することは避けられない場合もありますが、事前の学習と備えによって、不要な悲しみを回避することができるのです。

例えば、健康に関する問題や人間関係のトラブル、経済的な困難など、私たちが直面する可能性のある問題は数多くあります。


しかし、それらについて学習し、知識を得ることで、問題を未然に防ぐための対策を講じることができます。

ただし、全ての悲しみや苦しみを回避できるわけではありません。人生には予測不能な要素も存在します。


ですが、事前の学習と備えは、私たちがより強くなり、より前向きなマインドセットを持つことにつながります。


悲しみを回避するための事前学習は、私たちが人生をより充実させるための道具です。


不要な悲しみを避けるために、自己啓発や情報収集に積極的に取り組みましょう。


自身の知識とスキルを向上させることで、より幸せで充実した人生を送ることができるのです。

私たちの物語は、北斗の拳の世界の様に核戦争後の不便な世ではなく、予期せぬ試練にも立ち向かい、事前の学習によって悲しみを回避することができるものです。


一緒に知識を得て、備えをし、より明るい未来を迎えましょう!

 

発展の仕方にもよりますが、現状の私の想いではAIは火や言葉の発明に匹敵、もしくは超越。そして確実に蒸気機関や印刷、電気の発明等を超越するものでしょう。

 

物質の状態を変化させる火の発明の延長線で原子力発明があるとすると原子力より超越する物です。

 

言葉が個々の間の知識知恵/情報の共有と保存を可能にした点ではかなり強力ですがAIとは少し性質が違うかもしれません。

 

 

もはやAI発明は地球以上の優れた文明(宇宙人)との接触/交流に匹敵するものだと思います。(ただしその文明のレベルによる)。

 

AI発明を超越する物としてはもう時間空間のコントロール(例・タイムトラベル)しかないのではないかと思います。

 

類人猿の延長線の生物(人間)が自らその知性を無機物で複製しようと言う試みは誰も思いつかなかったでしょう。

 

 

知的生命は自らを超越する知性を生み出すと言うストーリーは予めこの宇宙に仕組まれていた出来事なのでしょうか。びっくり