さて、あらゆるネットサービスは生活に必要ですが、無いと困る物になってはなりません。
いざと言う時はどんなプラットフォームも削除・退会できる様でないとユーザーとして不利、不自由になります。
それに頼る様になったらダメですね、冷静になって運営側の提供するサービス内容をいろいろ判断してやめる様な事もできないと。
私としてはネットの一部が「私の思い出」みたいになっているのは重い荷物を持っている様なものです。
で、例の事件。それでもそのサービスを使い続けるのですかね。と言う事です。
となるとそれはそれで、例えまたいろいろあったとしても運営も運営ですが、ユーザーもユーザーと言う事です。類は友です。
・・・さて類友と言うと、
パソコン・SNSは、これ、他人を見ている様に見えて、実は自分を見ているのかもしれませんね。
長い時間をかけて自分を「増幅」する訳ですね。で、いずれはニュースになる様な大事件発生です。あれらは明らかに自分自身が増幅されたんです。
自分に似た人間が世の中に沢山いますから、自動的にセレクトされてネットと言う鏡によって、それが自分以上になって帰ってきたのです。
一年とか三年とかでもないですね。結構、十年くらいかかって帰ってくるかもしれません。
それに加えて機械的なアルゴリズムも作用して自分好みの物がセレクトされて画面上に映りますから。
自分に似た性質が近づいてくると同時に、機械的なアルゴリズムでも好みが提供されると言うダブルの作用があるのです。
「自分」が「増幅」される訳です。
もういいではないですか。ゆえに人が悲劇に見舞われても、誰も彼も何もできません。
「自分の増幅」は自分で止めるしかなかった訳です。そうなる前に。![]()




