・暑い夏に幽霊が帰ってくると検証したんですかね。月刊ムー、オカルトですかね。お盆は秋にやるべき。


・思えば現代では普通のニュースのアナウンスも、もの凄い言い方なので気が散ります。昔は、もっと普通に淡々と喋っていたのでは?まるで役者?声優?報道はショーではないのです。

・北朝鮮国営ニュースレベルではなくとも、やはり最近のアナウンスは可笑しいです。まるで大げさなドラマ声。起こっている事が、とんでもない事かどうかは個々が感じる事でありアナウンサーと報道側が独自判断して声質にする物ではないのです。

・そもそも重要とされる事柄をなぜ日本ではギャル(女子アナ)に言わせる事が多いのか。まだ北朝鮮国営ニュース・アナのオバサンの方が、けしからなくないです。

・マナーマナー言うけど、見かけたあの人、日本風の東アジア人では?つまりグローバルの中で日本マナーは、そもそも、そして今後デフォルト・普遍的・真理・善ではないのです。

・amazonでヤマトだと再配達になる時ある。もう五千円以下商品は無条件置き配とかにすればいいのに。そんなに泥棒いる?


・日本人の精神を正常に保つために、あまりにもコストがかかりすぎておるのです。尋常ではない。

・皆が知る事を知ると言うのは自身独自の優位性にはつながらない。つまりニュースは大衆娯楽。

・なぜ地震予知できるんですかね?

・「いつ起こるか?」ですが、第三次世界大戦も、起こる確率は常に0%以上100%未満です。それらの事を話してどうする?!「いつか起きる」←そりゃそうでしょう。

・てか霊能者や超能力者の方があてになるんじゃないですかね。

・人間には計算で分かる事と分からない事があり、頭の良い人の欠点は、頑張って計算すれば全てが分かると信じてしまう事では?

・甘いものを飲まない

・南海トラフは人の心の中だけに存在する怪物なのです。

 

私も過去の自分記事を辿って見直さなければなりません。

 

良く「なぜ失敗を恐れる?」と言う話で、なぜ人が不安と共存するのか?の話でこう言うのがあります。

 

昔、猿人AとBがいて、草むらが動いた時にAは、虎が居ると思い逃げ、Bは何もせずにいたから虎に食われ、Aの様に逃げる事を先祖代々繰り返した結果が私達だから人は不安がる。と言う訳です。

 

この話は「〇〇だから〇〇」と言う訳であり、言葉を並べた上では因果が成立するのですが、本当にそう単純でしょうか? 

 

まずそう言った状況がタイムマシンに乗って見れる訳ではありませんし、考古学的にもそんな具体的なシーンがあった事を証明できた訳ではありません。

 

逆に虎は逃げる者を追い、動かない者を「逃げない強い者」と認識するのでBが生き残ったと言う事もあり得ます。

 

なぜ不安を感じやすいと生き残りやすく、さらにそれを先祖代々繰り返すと今の人間になるのかは不明であります。笑。

 

逃げやすい性格のAが単に、その一つの事件を生き残っただけで全ての人生が上手くいったのでしょうか?

 

なぜそもそもあなたはそれを知っているのですか?と言う事なのです。

 

つまり「〇〇だから〇〇」と言うのは話者が初期の条件設定をしているだけなので、それっぽい話なのですが嘘であります。

 

実際の現象や生存競争は複雑であり、そんな事だけで競争の結果が決まり、その性格が遺伝すると言う子供みたいな話しではないのです。

 

こう言う話が、文系が支配する日本には蔓延しています。

 

もっと言うと「キリンがなぜ首が長いのか?」・・・高い場所にある餌を食べ続けたのか?もともと長い首の個体が餌を食べやすく生き残ったのか?等の以前に、全くそんなの関係なく、首が長い方が可愛いと思う宇宙人に首が長くなる薬を打たれたのかもしれません。

 

私がそんな変な事を言ったって事実はわかりません。それでは本当にキリンが高い場所にエサを食べ続けたのを確認したのでしょうか?と言う事です。

 

現在に残った跡からそれが分かったのかもしれませんが、それも分かりません。

 

あくまでも「そう言われている」「そうされている」と言う事です。

 

金八先生が人の字は「人と人が寄り添っている」と言う事実ではない字の成り立ちを熱弁したから、あえてその心の熱に応じて、その場だけ「そうされている」としただけです。(そうしないと言い争いになり面倒だから)。

 

過去に「人間の胃酸は強いから胃に菌はいない」とか言っていて、普通にピロリ菌は居たわけですから。

 

「人間の胃酸は強い。だから菌は居ない」と言う「〇〇だから〇〇」と言うのは嘘だった訳です。

 

この様に、言葉を並べて因と果が一直線に直接的に作用すると言う事はこの複雑系の宇宙ではありえないのです。口笛

 

前から怪しいとは思っていましたが恐らく本当です。

 

例えばNHKも得意分野とする不幸映像ですが、ああ言う物もカメラの外では映っている人たちは笑っているのです。

 

おかしいと思いませんかね。365日、あんなつまらない顔を人は維持できないのです。人は不幸で居続ける事ができないのです。

 

前にバレバレ映像がありました。そんなに風が吹いてないのに、まるで強風に吹かれているかの様に演じていた台風ニュース・バレバレ映像ありましたね。(カメラが、そのまま回っていてバレだ。)

 

そう、あれがテレビや映像産業の手段です。目的は全て「見せるため」です。

 

言ってしまえば最近の戦争なんかでも兵士の人たちは戦いの中で笑っていて敵が死んだのを笑ってたりするんです。軍の攻撃映像なんかも面白そうな音楽をつけてアップロードされています。

 

これでは戦争は終わらないと言うか、それが本質で、暴力性あふれる民族性がそうさせているのです。でも国際的には非常に深刻な顔をしてますよね。

 

マクロ的には深刻でもミクロでは、そうでもなかったりします。イスラエルにミサイル警報なってて笑いながら逃げていく市民もいますね、

 

もちろんそういう生活の中で自然にそうなっていったのですが、人は不幸で居続ける事ができないのです。

 

バイオレンス映画監督の北野武さんも「人は生死の狭間でも笑ってしまう時がある」と言い、そう言った生死の中の人のリアルな感情を描いています。

 

カメラの中では凄い悪魔的不幸でも全体では視聴者が思うほど、そうでもないのです。

 

人は不幸で居続ける事ができないのです。

 

しかし大変な映像なのに笑ってたら、けしからんとなるので、そんな映像はカットされてます。

 

でも良く考えるとあれらの映像にはリアリティがありません。不幸の中にいるのがストレートすぎて安易なのです。いまだヤラセの可能性も否定できません。そんな楽しそうな映像はエンタメ産業ではないのでお金になりません。

 

つまり、人が生きる地球で多くの無数の感情、作用がある中で、負の視点のみを活用して不幸だけを抽出し、興味深く見せてそして広告費を儲けようと言うのが、それらの映像放送なのです。びっくり

 

最近は「おしん」「一杯のかけそば」的な貧困に心痛めなくなりました。

 

若くして貧しい場合、貧困ゆえ病が治せない。栄養失調で他の大人の様に成長できない。の様な事以外では貧しくてもその肉体は金銭に変えられない価値があるからです。

 

むしろ後、数年で死ぬ高齢の人の方が可哀そうかもしれません。おしんも、かけそばも結構貧しい話ですが、現代では貧困が栄養に支障をきたすことは稀です。

 

貧しくても肉体的には水質の良い水槽の中の金魚の様にいつまでも生存は可能であります。社会的地位やヒエラレルキーに晒されようが肉体は健康です。

 

貧困も、それなりにしなくて良い事はしないために楽だったりします。例えば「山谷地区で貧困だ。」と思う訳ですが、逆に一流の企業勤めでミスして取引先に謝罪に行くドキドキ人生に比べたら楽かもしれません。

 

100%自分で選んだ人生ではないが、これが運命であり役割であります。人生が決定される要因の一つは知能や脳の問題です。個人の差なら大差ないのですが知能同じ同士集団のコミュニティの形成が、その差を脅威的に広めます。

 

例えば日本も一億人の同知能集団のコミュニティなので、それよりも高知能の民族には対抗できません。努力や頑張り関係なく、それが役割であり運命です。

 

高知能集団が目的達成の為に低知能集団を活用し、それが人類の発展にも関係しているので文句は言えません。

 

例えば野宿者の人が公園で水道水を飲んだとしても、その水道は誰が作ったのだ、と言う事です。いずれにしても下は上からの何らかの恩恵を受けているのです。

 

 

 

さて、ニュース産業が理解してないのは「人間は誰でも、それなりに不幸」だと言う事です。

 

ニュースは毎日悲劇を伝えてきますが、まるで普通に生きている人を悪者にするかの様です。「こんな人がいるのに、あなたは・・」と言う事です。

 

しかし私自身もそれなりに不幸ですからニュースの大騒ぎは説得力ありません。私自身の経験をむしろニュースにして下さい、と思う訳です。言ってしまえば世の中に沢山の成功者や幸せがあったとしましょう。しかしそれは一つの視点です。

 

どんな物でも不幸の視点から見てみれば不幸などいくらでも出てきます。誰でもそれなりに不幸なのにニュース産業の人たちはそれを分かっていない唯一の幸せ物なのかもしれません。

 

私には分かりませんが、もしかしたら毎日、人の不幸ばかり伝える事で、むしろ幸せになると言う効能があるのかもしれません。

 

むしろ人間は不幸がデフォルトであるのに、それが無い様な顔をして生きるのが普通なのですが、例えばワイドショーなんかは不幸を不幸の顔で伝えるから我慢力がありません。不幸であっても普通にするか幸せを装うのが本当の強さではないでしょうか?

 

その様にして、世の中や人間と言う物は本来は不幸なのに、それを知らずに「今日も不幸が始まった」と大騒ぎしている子供の様な存在、それがニュースなのです。

 

幸せを定義して、わざわざ追う事が不幸の始まりでもあり、幸福も不幸も、人間がご飯を食べて普通にホモサピエンスと言う生き物として暮らす上では何の意味もない、概念として取り上げるレベルの物でもない事が理解できます。

 

今、身体のどこかが激痛なのですか?と言う事です。ニコニコ

 

結局デモと言うか暴動と言うかパンクは、昔から世の中を何も変えませんでしたね。

 

地球を取り巻く資本の謎の実体の中では非常に無力で、物が損壊されれば直せば良いだけで、むしろますます労働が必要となり資本は回ります。

 

むしろある程度古いものは壊された方が良いのであり、そう言った衝撃が関心も呼び、映画やコンテンツのネタになるだけでますます娯楽や報道分野の資本を増大させます。

 

これらは世の中に意味があって起こる暴動と言うものではなく、当事者以外には無関係な一種の病気の症状として現れるものであります。

 

人間一人称視点から見れば炎や損壊・・・非常に衝撃的に見えたとしても、あまりもの大きな資本の実体からすれば餌が増えたに過ぎません。

 

この目に見えない大きな謎の概念である資本と言う物に対抗するには、人間の物理的な手や足では無理なのです。

 

じゃあこの実体をお前はわかるのか?と言われると私にもわかりませんが、世界の少数の誰かが理解しているとは思います。

 

壮大なイメージを思い描かないと捕らえられないこの資本実体に対して、そう簡単に影響を与える事は不可能なのです。

 

壮大なイメージを始めると言うのが出発点になるのは間違いないと思います。

 

したがってニュースで良くある報道は世の中から意味のある形で表出したものではなく、単に「お腹痛い」と言う感じで、腹痛の様に現れる人間の病気の症状なのです。

 

決して何か意味がある訳でないし、私やあなたにも関係の無い話なのです。口笛