結構いつでもネット上ではネット議論についての話題がアクセスを

集めている様なのですが、

 

もう当方ではネット議論についての話題はしない事にしたのですが

やはり昔見かけた批判ばかりしてた人間が

どうなったのか最近見てみると、やはり何もできないし数年で消えている様ですね、

 

一万本近くもプレイ&ダウンロードされたフリーのゲームを作った時にも

根拠の無い批判を書く人間がいました。

 

ある意味その反響は戦略成功の結果だったのかもしれませんが。

 

しかし驚く事に、批判側の人間も何かしらの創作をしている様でしたが

全く実力も無い様で何もできない様です。今後どうするのでしょうか?

 

 

(通常、プロ的に言えば「同業」と言う事になるので、

まともに創作活動をしている者なら

例え不満があっても、そう言った事はもちろん、

 

ましてや会った事もない製作者に対しての馬鹿にした様な公の発言は

普通の感覚を持ち合わせているならば

将来を見越して、決して書く事はできないのですが)

 

 

私はネットで記事を書く以上

いつでも協力者を求めている気持ちでいますが彼らの姿勢は全く違うのです。

総じて、ふざけており、知り合いならばともかく、誰に口聞いてんだ?と思う程

ネットで接触する他人に対してタメ口当たり前など、馴れなれしい。

 

( 基本はおかしくはありませんが、勘違いも多い為

 「いいね」システムはタメ口なので「いいですね」と敬語にするべきか

他の名称にすべき、と考えます。 )

 

それら、その結果に生じた自分の至らなさ

そこから逃避する為に時間を無駄にしているのです。

 

そんな事をネットで発言しているとは

自分に自信が無いから自分を捨てているのでしょうか?

私が実際に問い直した時に、どう答えるのだろうか。

しかし私は関わらないし救わない。教えない。のです。

 

彼らが自身の発言を通して、自分で進んで将来を捨てているからです。

 

そして、もしもこれをご覧の方がいたら

そう言った人間をネットで支持したりする様な人になってもらいたくはないのです。

挙句の果てには顔しらない者同士で「批判オフ会」でも

開いて時間を台無しにするのでしょうか?

 

どんな集まりなんだ?と言う事ですし

そんな集まりは無能な無益集団なのです。

 

本当に時間の無駄になるので、発言の個人が特定出来ないツイッター等の

匿名性の書き込みや個人批判はやめた方がいいですね。

書いた者自身ではなく、運営者側や

いろいろな「あちら側」が得して儲かるだけです。

 

同じく良く私が「匿名掲示板」と書き、具体的なページ名を書かないのは

それ程、私はそれの名前を書きたくないからです。

何か無意識に仲間になってしまいそうです。

 

伝えたい事があるならビビらずに直接本人と連絡をとってやるべきです、

それ以外はビビリです。

 

ちなみに私、江嶋ゆきひろの場合、何かあればいつでも出れる姿勢にしているので

あえてトラブルを避ける為、ネット上、当ブログやメッセージで連絡を取りにくい形にしています。

 

気軽に書けるのではなく、一定のプロセスを得る様にしています。

Ci-enのフォローになった時にメッセージが送れる様になっています。

 

インターネットが庶民のガス抜きになっていると言う説もありますが

それは甘えであって

そんな事でもしないと生きていけないのか?と言う事ですね。

 

ただし例えば卵を産む鶏がオリから逃げだす頭脳を獲得したり

人間の言葉を話だしたら、(同情して卵を食べたり売る事もできなくなる)

こちらも競争者が増えるだけなので

あえて馬鹿らしい人は、ほうっておいた方がこちらとしては安心でしょう。

 

そう言った意味で「反面教師」と言うのを生み出した

毛沢東は凄いのかもしれません。

 

競争のレールにも乗ってこられない人間さえも救わずに

そのまま放置して良いでしょう。こちらにもそんな時間は無いのです。

 

周りに馬鹿野朗を見かける内は、これをご覧の優才なあなたも私も大安心なのです。

これまで長期によって作り上げた「思考による城」の防御力が凄すぎて攻めてこれません。

下で、わあわあ騒ぐ動きをやめたソンビに過ぎません。

 

本当の事を教えたらいけないんです。

 

気づかれたら、いけないんです。

 

人生コンサルタントを無料でする様なものです。

「批判する事をやめよう」と指摘して、その人の人生を改善し

マネタイズしてて、その仕事が心理的に割りにあうなら分かりますが

 

・・・・・・・・・・

 

なぜならば、先程も申し上げました様に

彼らが自身の発言を通して、自分で進んで将来を捨てているからです。

 

・・・・・・・・・・

 

ネット世代の若い人って言ったって、きちんと出来てる人は

自分の器を知って、それなりに地道にやってます。

優秀な彼らとは同じ同世代でしょうからお宅は恥かしくないのでしょうか?

ゆえにネットで匿名。もうバレバレです。

 

ふざけて他人批判しときながら、自分の事になると

結構まともな自分語りは止めて頂きたい。

寂しいならリアルで生きろと言う事です。

 

日頃、私は「汗をかく」と言う言葉は昭和テイストがあるため書きませんが

そう言う人間は、これまで人よりも汗を身体的にも頭脳的にもかいてこなかった。

だからフザけている。自分から逃げヘラヘラしている。

 

だから、もっと汗をかけ、と思います。

 

汗をかけば、他人の汗かき苦労も理解できるはずなのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

動かず、能力を獲得せずに、クチだけ動かしたり、

ネットで、つぶやいているだけでは何も変わらないのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

さて「貧乏人の唯一の娯楽は怒り」

最近「貧しいものに許された娯楽は怒りだけ」や「貧乏人の唯一の娯楽は怒り」と言う説を見かけて、少し納得してしまったのですが、今後もそう言った物が頻繁に垣間見れる世の中になっていくのでしょうか。良く見かけるのは・・・

1「怒る」
2「自分に集中できなく時間の無駄」
3「上手く行かない」
4「上手く行かないから他人に越される」
5「1に戻る」


なのですが、この1から5の思考サイクルから是非脱却したい所だと思っております。

 

・・・・・・・・・・

 

書き手の私からしたら、これを見る方はどういった方なのか知る事はできません。

 

しかし今回、馬鹿野朗にはコレを見ろ、

 

そして普通の方にも共感して頂きたいと言う気持ちで記事を書かせて頂きました。

 

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

 

 

 

4/29から約30年ぶりのプールを開始してから、ついにプール入場50回目となりました!

記念すべき50回目は先週にも視察に訪れ、

近年ではポケモンGOの聖地とも言われる錦糸町公園内の墨田区総合体育館です。

 

レジャー性はなくフィットネス・競泳練習用と言った感じで、全体的に白く

プールサイドにある洗眼用の水道などもまるで化粧室の様になっていて驚きます。

 

今回は22:30営業終了の1時間前に来て、ゆっくりと見なかったのですが

更衣室近くにも浴場もあり区営としては高めの入場料なものの高級感があります。

 

他の区営プールであれば初めての所でも大体、建物構造は同じなので大丈夫なのですが

当館は2Fの入口から更衣室に入って、そこから1Fに階段やエレベーターを作って向かうと言う

大型施設ならではの面白さがあります。(競泳会場の舞台裏?で選手になったみたいな)

 

観覧席・ギャラリーは建物の1Fから直ぐに入れる形なのですが、

階段などがあるものの、ここから2Fの入口に行けるのか不明で、

建物内の構造は私にとって未だ謎めいています。笑

何回か行って慣れる必要があります。

 

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

フォローしてねペタしてね

 

 

 

 

「今、会社と言うモンスターが強大な力を持ち、魔王の様に善良な市民を支配しています!」

 

今、「つながらない権利」が話題になっています。

 

これまで連絡する側の上司などが、用件を早く済ませたい為に

受ける側の部下などの時間を搾取し、時間外に連絡してくる事がありましたが

それを拒否しようと言う権利です。

 

「拒否する権利」も何も、向こう側にそもそも権限はないのでありますが

勤務時間外であれば、働く時間ではありませんから

その時に業務連絡を受けさせて心境的に仕事待機をさせるのは不当です。

連絡する側は、その人の労働時間中に連絡するべきだ、と言う事です。

 

制空権を取られて大空襲や原爆投下を許し、

それによって多くの命を守れなかった国が、

 

それが現代において一日仕事休んだだけで、

まるで人が死ぬ、みたいな事を言える身分ではないですし

全く説得力ないのであります。

 

さてその様に、

「会社」と言う活動は、本来それ程には重要度は高くない活動なのです。

芸術活動やスポーツをするのと全く同じ重要度なのに、活動したくない時や

身体が疲労していて活動してはいけない時にも、しなくてはいけない「会社」と言う活動。

 

本来、会社は労働力とお金の交換活動をする為の器に過ぎませんが

しかしサービス残業から始まり

何か血肉を差し出してまでも、それ以上の事をしなくてはならないと洗脳されます。

 

この、社会から孤立した会社内のズレた同調圧力は、

まさにある意味、半グレ組織と、ほぼ同類の物です。

 

実際に、いくらのお金かを数字で出さずに

「お金を払ってるんだから」と言う言葉を良く聞きます。

 

お金と言う道具の本質を知らない為に

一円でもお金を渡す方が、お金を支払ってもらう方よりも無条件で偉い、

と言うのが日本人の考え方で、それゆえお金は命と同等に扱われる傾向もあります。

人と人との関わり、だとか言っておいて結局お金が気になって仕方がない。

 

欧米では、双方が同等であり

例えばチップを払わないとクレームをつける方もいます。

 

「会社」が芸術やスポーツよりも過度に重要度が高い「活動」だと思われているのは、

例えばローンを組む時に勤務先の信用度が図られるのが一つの原因です。

組ませる側も本人の就業先よりも本人自身を見て組ませる方向性にしないとなりません。

 

「会社」と言う「活動」であるのですから、

「本人」(労働者)が「やって無い」時(営業してない時)は

シャッターが閉まっているお店の様に、そこから買う事はできないし

連絡もするのが出来ないのが、本来の姿です。

 

営業時間外の労働者には何も頼めないのが本来の姿です。

 

では、そんなのは誰が決めたのかと言うと、これから決めるのであり、

こう言った考え方の人が増えれば増える程、そう言った社会の流れになっていきますし

ここで甘んじて負けを認めて、今後も経営者と株主の為、奴隷化しても仕方が無いと

思う人が増えれば増える程、そう言った流れになっていきます。

 

例えば一時的にホームレスになり河川敷の草を食べて生きるくらいの

プライドとリスクを取れる人が増えれば社会に大きな流れは起きますが

 

現状、小さな事でも気になってインターネット・SNSで騒ぎ立てる状態を見ていると

あまりにも人の目が怖くて動き出せない、一矢報いる事もできない

そんな勇気の無い方々が多いのが日本の現状ではないでしょうか。

 

そんな方達に合わせて

大多数的に国のルールや雰囲気は作られますから

そりゃあ、もう、そう言う風になりますよ、と言う事なのです。

 

会社と言うのは、お金と人の労働力を交換する為の器に過ぎず

それに参加する人々にとっては

他の諸活動と同じ重要度に過ぎない一つの「活動」なのです。

 

この器のルールは他のものと同じ様に守られるべきで

他の諸活動を疎かにして優先するべきものではないのです。

 

お読み頂きありがとうございました。

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これから日本は以前よりも衰退していくと言われてますが
その流れを止める事はできないと思っています。

かつて1200年代、日本にも攻めてきて日本も危機にさらされ
当時の人口の半分を支配していたモンゴル帝国ですが
彼らは騎馬民族であり、時代が船移動の海洋時代になると
一気に廃れてモンゴルの地に戻り帰りました。

モンゴル帝国人の育ちや性格・体格は
馬に乗る事に長けていたのですが船になるとダメでした。

これは頑張りが足りなかったのではなく一つの技術で栄えた帝国が
もう一つの技術を会得するのに時間がかかり
その間に新興勢力に先に学ばれてしまうからです。

例えばマイクロソフトはOS市場の維持とゲーム分野展開の為に
肝心のスマホ分野には乗り遅れアップルとグーグルに奪われました。

当時のマイクロソフト社員がスマホ分野に取り組もうとした所
ビルゲイツに怒られた、なんて話も聞きます。

これはマイクロソフトの頑張りが足りなかったのではなく
既にOS市場で天下を取ったので、その維持に時間にかけるのが大変で
新しい事はできなかったからです。

さて日本は、どうだったのかと言うと西洋からアジアの植民地を奪取したり
特攻でワーってやったりし、後にアメリカの指導の下、
高度成長期で満員電車に乗って頑張り
非常に貢献的な役割を果たして来たのですが
そう言った特性と言うのが、ITスマホ時代には適していなかったのです。

日本人の特性が20世紀には適していたのですが
21世紀くらいから適さなかったのです。

生物進化論で、生き残るのは「賢いもの」でも「強いもの」でもなく
「その時に訪れる環境に対応できるもの」だけだと言う話もある通り
これは決して生き残れなかったものの頑張りが足りなかったのではなく
神が決めると言っても良い予想不可能な地球環境の中で、
複雑な物理法則の結果、適してるものが判明するだけなのです。

なので20世紀における白物家電や車で繁栄した技術を持つ日本の事だから
21世紀におけるスマホやITビジネスでも通用するだろうと思うのですが、
これらで繁栄する為の技術は、やはり「何か」がそれぞれ「違う」のでありました。

日本人の民族としての適正バランスが、神が決めたグローバルビジネスの
複雑な環境に適していなかったのです。

例えば90点の物を100点にする能力に長けていた日本人が
70点でも80点でもいいから量産して利益を出そうと思う民族よりも
たまたま今の時代に適してなかっただけなのかもしれません。

これは別に、どちらも良くも悪い訳でも無く「特性」の問題ですから
日本人が、それを変えてしまおうとすると
逆に日本本来の良い点も壊される事になります。
それを考えると、やはり流れに逆らうのは無理と言う事になります。

しかしこれは大きな「日本」と言う国の話ですから、
何も日本がダメになってもブルーな気分になる必要はありません。
これをお読みの方は「個人」であり、むしろ沈みつつある国では非常にチャンスなのです。

今、勉強好きな日本人と言うのは過去の話になり、
大人になってから勉強する人数と言うのは諸外国から比べたら少ないと言います。

だからこそ昔の日本よりも今の日本の方が
ちょっとだけ勉強しただけで上位に来れますから楽なのです。

「世の中ダメだ、ダメだ」と言う事は、
むしろ、それだけ自分が何かやれば直ぐに上位にこれるのです。

つまりバカらしい人が沢山いる状態と言うのは、
自分にとっては非常にラッキーな事であり
利口な人たちが沢山いる状態よりも、
非常に楽をして上に登れる事ができると言う事なのです。

だから私がいつも思っているのは
沈みかけている船に悲観するにではなく
沈みかけている船で救命ボートを作って売れば
物凄い儲かりますよ、と言う事なのです。

何の問題もなく普通に進んでいる船で
そんな事をしても何にもなりませんが、
「悲観的」なムードと「絶望」こそが
自分が成り上がるチャンスなのです!

実は、勝負の為には、周りを利口にさせてはなりません。

「利口な人が沢山いれば、それだけやりがいがあり、自分も上昇志向になれる」と
思える方は良いですが私、江嶋ゆきひろは、それほど能力はありません。

冷静に考えれば暗いニュースも雰囲気も、その正体は単なる「電波」であり
これまで自分には直接関わってこなかった。

むしろ、これまでよりも周囲のレベルが下がった為に
少しだけ「やる」だけで物凄い効果を得る事ができるのです!

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

 

 

 

こう言った話は抽象的でもあるのでスムーズに受けいられにくいですが

昔からの多くの偉人達が似た様な事も言っています。

 

物理学等で説明できる様な事をお望みの方は

お読みにならない方がよろしいと思います。

 

私たちは毎日一日一回

成功のボタンか失敗のボタンを押すようにできています。

ただこれはボタンをポチッと押すだけで

今は起動しているのか起動していないのかわからないのです。

だからこのボタンのどっちか押しても別に何ともないわけなんですけれども
失敗のボタンは結構気持ちが良くて

一回だけ食べられる精神を安定させるチョコレートなどが出てきます。

この失敗ボタンは特に自分の人生を大きく変えることはないのですが

何か押すと…やばい…ということは

なんとな〜く世間一般的な常識では知られています。

でもそれほど大きなヤバサではないから

他人に指摘されることはないし

自分でも押したい欲望を制御できません。

このボタンを押した総数で後々の 人生は

それなりのエネルギーが作用して変わっていくのです。

ボタンを押しても何も変わらないから

どっちのボタンを押してもいいだろう、と思いますが
このボタンは生きていく五感で感じられるものの中に

透明的に全て埋め込まれています。

世の中が悪いんだ…と逆ギレしてしまった人の

これまで押してきた失敗ボタンの総数を見てみましょう。


間違えたボタンを押してきているのが分かると思います。

後に失敗ボタンの効果が時間差で作用したのです。


人は1日1回の失敗ボタンを押さない我慢力が必要です。


その我慢力は普通の通常の人間であればないのですが
失敗ボタンを押さない人は、その構造が分かっているから

まるで他人から見ると我慢力があるかのように

そのボタンを押さないでいられるのです。

成功する人は現実の世界に存在する失敗ボタンと、

そのエネルギーのヤバサが目で確認できて見えており

自然に回避できているのです。

お読みいただきありがとうございました
江嶋ゆきひろ