初めて出逢った時、私はあなたのことが全く理解できませんでした。氷のように固まっていた私の心は何も感じなかったのです。
なぜあなたが存在するのか。あなたが何を伝えたいのか。何のために私は聴いているのか分かりませんでした。モヤモヤした違和感を抱きながら、法談でも感想を言えなかった日のことが今でも忘れられません。
美の法門をすでに学んでいる先輩の話を聞いて「私も美しい世界を見てみたい。同じように感じることはできなくても、ほんの一部分でも美しさを感じてみたい。」と思うようになりました。
先輩の眼に映る世界は色彩豊かで、私が見る世界とはまるで違うようでした。その差は何なのか。どうすれば埋められるのかを考えるようになりました。
その後、経典の一節を思い出してハッとさせられました。
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人を愛せないのは、その人のことが理解できないからです。相手を理解することができたら、それは、「愛した」ということと同じなのです。
『伝道の法』
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あなたを理解できるかどうか以前に、理解しようとする努力を私はしていないのではないか。努力を放棄して「自分には感性や悟性が無いから」と言い訳していたことに気づきました。
私の中の妖怪性が無意識のうちにあなたを理解することを恐れていたのかもしれません。あなたを理解し愛せるようになることが、妖怪性の払拭につながるからです。
まずは開示されている原曲研修に全て参加して法談で皆さんの話を聞くなど、最大限の努力をしようと決意しました。それだけやっても一切理解できなかった場合は潔く諦めればいいだけ。
「原曲を聴いても分からないから学ばない」という人もいますが、私は「原曲を聴いても分からないから、理解できるようになりたい」と考えたのです。
「仮に1%も分からなかったとしても開示されている原曲を全て拝聴する!」と覚悟を決めて研修に参加するうちに、固まっていた心が春の雪解けの如く、少しずつ温かさを取り戻していくのを感じました。
霊感があったり、感性や悟性に恵まれた方と同じように感じることが正解なのではなく、自分なりに精一杯努力していくことが必要だったのですね。
コンプリートすると決めて研修を受け始めましたが、生誕館である話を聞いてからその思いは更に強くなりました。
多面体のドームがあって、入れないのは分かっている。多面体だから、空いているところがあると、そこが隙になって入ってくる。だから、先生の原曲、未開示のも含めて全部聞いたら凄いことになると思う。」
https://kamiuta.link/elcantare-in-kawashima より
原曲さん、あなたは内なる妖怪性の払拭だけでなく、外からの妖怪や悪しきものからも護ってくれるバリアの役割も果たしているんですね。
私が気付かなくても、主の愛で護られていた。神のマントで自分が包まれていたことを知りました。
未開示の曲もあるからバリアの穴を全て塞ぐことはできないけれど、開示分の全原曲を拝聴すれば霊的バリアの穴を可能な限り塞いで防御力を高められると、コンプリートへの思いを新たにしました。
皆さんと各地の原曲研修に参加していると、まるで一緒に登山をしているような感覚に包まれました。五合目、六合目と登っていくうちに少しずつ景色の見え方が変わってくる。同じ空、同じ大地を見ても、高さが変われば視界は広がり、見える風景も全く違ってくるものです。
自分の足で登らなければ見えない景色があるものですね。どんなに他の人から話を聞いても、自分の足で一歩一歩進んでこそ見える景色、感じる風、味わえる達成感があります。
頂上まで登ってみると原曲「高越山」が開示されて、今度は本当の登山が待っているとは夢にも思いませんでした。ひとつの山を登り終えたと思っても、そこからさらに高い山が見えてくる。学びの道に終わりはなく、理解の深まりに限界はないということを実感しました。
やるべきことをやって行くと、次の扉が開く。天日鷲神の「山登りは一歩一歩じゃ。」を思い出しました。急がず、焦らず、でも諦めず、着実に進んでいくことの大切さを教わったように思います。
これから先、どれほど時間をかけたとしても、あなたのことを100%理解できる日は訪れないでしょう。それでも私は学ぶことをやめません。
またあなたに会える日を楽しみにしています。
草々

