』という字は…

人が生まれたがっている

と書くでしょ!



これ、明け方の夢の中で、だんなさんが嬉しそうに

体の字を書きながら、言ったことなんです。



夢の中では

「なるほどぉ目

とすごく納得だったんですが、

今考えると

なんのこっちゃ?はてなマーク

です(・・。)ゞ



夢の中の了解っていつも不思議に思うことですが、

現実の世界より、深く納得している感覚をえることがありますよねえニコニコ



…、で夢の中でこの話を聞いているとき


「そうかあ、私は生まれたくて生まれたくて、この世界にやってきたんだわ音譜


と、なにか懐かしい記憶とその当時の光を思い出して

心が湧きたっているのを感じていました。


なぜ、こんな夢を見たのか…

愉しい不思議だらけです(^~^)



このテーマに関して、いろいろなコメントをいただき、
ありがとうございますラブラブ

…と、書き始めようとPCの前に座ると、きまって末っ子のエル坊(ヨーキー3歳)が「抱っこ!抱っこ!」
と言って、ぴょんぴょんととび跳ねてきます。今日こそは放っておくぞー(ママは集中すのだ!)と、知らん顔をしているとストーブの前で小さな体を丸めてシューンとします。その姿を見ると、「もぉっ!」となります。そして、エル坊は常に中丸おばさんの膝の上に…

ところで、中丸おばさんは、こうして小さなな生き物を抱いているととても不思議な気がしてくるんです。

この小さな体の中に基本的には自分と同じものが全部詰っているんですよね。
心だってちゃんとあって、思いやりとか優しさとか遠慮とか配慮とか…
そんな気持ちもちゃーんと持っている。

自分のことを自分だとちゃんと思っている。

すると、この格言を思い出します。


われ思う、ゆえにわれ在り


これ、デカルトが『方法序説』の中で述べた有名な言葉ですよね。

一切を疑うべしという方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識しているところの我だけはその存在を疑い得ない


ということらしいです。

これ、すごく深いですよね。



中丸おばさんは、時間のことを思うときこのデカルトの思いになるんです。


われ思う、ゆえに時間あり

そして、

われ思う、ゆえに宇宙あり


もちろん、

われ思う、ゆえに未来あり




壮大なテーマに挑んだ割には

こんな締めで申しわけない気もするのですが(笑)

これが今のところの中丸おばさんの真実なのです。

自分=時間、自分=宇宙、自分=未来

わたし

なのです。

付け足して書かせていただくと、



われ思う、ゆえにわたしの時間あり

そして、われ思う、ゆえにわたしの宇宙あり

もちろん、

われ思う、ゆえにわたしの未来あり


ということになるのだと思います。


そして、もう1つ大事なことを付けくわえさせていただきたいのですが、最近のスピリチュアル・ブームはちょっと冷静さが必要だなと感じています。

それは、中丸おばさんも子供の頃からちょっと未来のことが分かったりした(そう感じているということなのですが)ので思うことなのですが、、このあたりのことを特殊な能力だと思ったり、その力に憧れたりするのは、自問自答のいい材料だと思うのです。

却って、人間の本来のシャーマニックな感性から遠ざかるものであり、取り扱い注意な代物だと感じるからです。


中丸おばさんがとてもしっくりくる文章があるので、ここでお知らせいたしますね。

波動が高くなければ、光の存在から情報を受ける事など出来ない。光の存在は、自分は特別などと思わせる事などしないし、言ってはこない為、我欲は満足されないし、まず、波動が低かったら光の周波数とは合わず、光の存在からの情報を受ける為のチャネリングなど到底出来るものではない。

『アセンション・宇宙からのメッセージ』というホームページから引用させていだだいた言葉なのですが、神界からのメッセージとして掲載されています。

中丸おばさんは、この内容はとてもしっくりきます。

ただそれが、神界からとか○○星人からとかでなくても、普通に歩いているときに知らない誰かが言った言葉だとしても、この『しっくりくる』には、自分の核に触れる何かがあるからだと感じるんですよね。

~で、中丸おばさんも格言を捻ってみました

われ思うところのわれ在り

われ思うところの宇宙在り

われ思うところの時間在り

われ思うところの未来あり



自分が感じるもので、見えるもので、開かれて行く世界で、自分の思いを知ることができす。

そして、思いは変えることができる。


ゆえに、未来は自分の思いで作ることができる。


ということになると感じます。


未来を知ることはできるか?
この問いに対する回答は、これにしたく存じますニコニコ
※もちろん中丸おばさんにとっての…です(*゚ー゚)ゞ



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さてさて、時間のこと、そして未来のこと

この問題に取り組むのは(勝手に取り組んでいる中丸おばさん(*゚ー゚)ゞ)

なかなかのハードさです。



時間の感覚については最近富に不思議度が増しておりまして

時とはなんぞやσ(^_^;)と思っているんですよね。



これは、未来を知ることができるのか?果たして人間には!?

というテーマと一体をなすものなのであります。



なぜか?



それは、中丸おばさんは、子供の頃よく未来を見ておりました。

…と言ってもたいしたことではなく、

未来に建つ建物とか、バス停とか、道とか…

なぜか建設がらみが多いのですがw

それから、受験の発表の前日に、翌日の光景をそっくり夢で見たこともありました。



そんなんで、子供の頃は

未来はきっと決まっていて、私はそれをなぞっているのだ

と勝手&少々偉そうに人生を定義しておりました。



別件、中丸おばさんは近年、未来リーディングなるものを

持ち前の好奇心でもってワクワク走り走る人で受けにいきました。



結果、未来についてお聞きしたいくつかのことは

今のところ1つもその通りになっておりません(笑)

※いえいえ、これは未来リーディングなるものを否定するものではありませんので念のため。個人的なデータだけでものを言っております。



ところで、中丸おばさんは最近は

多次元宇宙論というのを心情的に支持しておりまして

これだとなんだかとてもしっくりするのです。



みんさんのほうがお詳しいかも知れませんが、

簡単に説明させていただきますと、


私たちは多次元宇宙に住んでいて、それここそ宇宙大の未来に対するシナリヲを

一人一人が持っているわけです。

そして、この瞬間に行った思考や実行したこと…

その一歩によって


未来は変わり、そこからまた宇宙大の未来のシナリオが発生していく。



これはイメージすると、目の前に無数の線路あり、
その線路が分岐毎に無数の分岐をして果てしなく
続いてゆく~

ひゃ~叫び

な、壮大なイメージが浮かんでまいります。


ですが!です。




この線上に果てしなく続く!とイメージするのが

【時間】というものが念頭にある思考なんですよね。




そうではなくて、

この果てしない線路は、縦に積み重なっているという説もあります。

ということは、

今という頂点に立ったとき、

過去のすべてはこの一点の下にある。

この頂点から見ると、この一瞬にすべてを持っている!

ということになるらしいです。



さて、ちょっと頭が疲れてまいりましたねガーン


続きはできれば(弱気(;(笑)また明日更新させていただきます音譜




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