私は七ヶ月で産まれ、体重1700グラムしかなかった。


母親は出産時に、医師からは多分ダメかもと言われていたそうな。


で、出産したが仮死状態で産まれた。


息をしておらず、医師が私の足を持ち逆さにして尻を何度も叩いたが、全く無反応。


医師が私を逆さに持ったまま、やはりダメだと母親に言った時に、医師の顔に小便をかけ、泣いたそうな(笑)


で、医師がすぐさま保育機に入れたと。


3か月間、保育機に入り退院。

自宅に戻り寝かせつけ、湯たんぽを取りに行き、戻ったら…全身紫色(笑)


そのまま病院に逆戻り、また3か月間の保育機。


赤ちゃんから小学生までは、病気のオンパレード。


顔色は悪く、ひょろひょろした子だった。


小3の時に一番の大病を患った、首のリンパに膿が溜まり、パンパンに腫れた。


当時の静岡市にあった、国立病院、厚生病院、市立病院の3軒の総合病院を回ったが、総て為す術もないと言われた。


余命3ヶ月と宣告された、此等は未だに記憶にある。


そして知人のツテで、当時市内に開業されていた秋山医院という開業医にかかった。


この医師は、戦時中に自身の虫垂炎手術を、自分自身で行なったという猛者だった。


先生は私を診断し、3か月間は総て私に治療を任せてくれと言われた。


それで治らなければ諦めて下さいと。


私を見つめながら言った。


この先生のおかげで、今も生が有る。


しかしながら、腹には3箇所の手術跡が有るし、あれやこれやと病気をしてきた。


が、何故か…風邪にはかかりにくい(笑)


頑強な身体では無いのだが、風邪にはかかりにくい。


で、産まれがそんな感じで、病気がちだった事もあり、常に不定愁訴を感ずる。


朝、スッキリした目覚めというのが一度も無い。


頭が痛いか重いか、身体がだるかったり、何となく胃腸の調子が良くなかったり。


たまに、朝から調子が良いと思う時は、必ず午後から激不調になる(笑)


一番の心配は我が子に、その不定愁訴感が引き継がれる事だった。


が、どうやら其の心配は無かった。


子達はすべからく元気で、エネルギーに満ち溢れている。


今朝方もシッカリ睡眠時間を取ったが、頭が重く、中心部が熱が籠もった感じがする。


私にとっては、この不定愁訴感はずっと続いていくんだろうと思っている。


Photoは先日の、奥さんがフィリピン人の友達グループの飲み会。
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