任天堂社長が亡くなった
テレビゲームを身近にしたファミリーコンピューター
当時はゲーム機ってゆーより、まさにコンピューターで、ファミリーベーシックなんつってキーボードも出てた
機械語なんて言葉、知ってるひとはほとんどいないなぁ
記録媒体は、なんと当時はカセットテープ
セービングもローディングも、一時間くらいかかってた
ファミコン以前にも、テレビゲームはあった
ブロックくずしとか、ぴゅう太
MSXはゲームってゆーより、ほんとコンピューターだった
最近テレビでもやりますたが、任天堂は昔、花札とかトランプをつくってた
子供だから銭もなく、トランプっつったら紙がほとんどで、任天堂のは薄いプラスチック
この高級感がたまらなく、オイラも銭ためて買ったっけ
ファミコンがブレイクする前は、神社の広場で野球だぁ~キックベースだぁ~、もやじろう(缶けりに近いルールで、1mくらいの枡を書き、二手に分かれて枡に入るのを防ぐ遊び)だの、みんなで集まって遊んだ
オイラんちが神社から一番遠かったんで、一軒一軒、幼馴染の家により、声をかけてった
神社の前を通れば、誰かしら集まってたなぁ
オイラが中学に上がるころ、神社には誰もおらず、一軒に集まってファミコンしてた
ひととの絆をつくってきた任天堂
岩田社長、天国でもゲーム開発しまくってください
ちなみに初めてかったファミコンソフトは、デビルワールドですた( ̄▽+ ̄*)