幾度と無く百穴に来て毎回の様に素通りをしていた岩室観音堂。
建立は810年頃と言われている大変歴史のあるお堂である事は間違いないのだが、松山城の攻防戦の際に焼失。
江戸時代に再建されたのがこの現在のお堂。

百穴と違い人はほとんど居ない。
マニアック故か先客が二人居ただけで、何とも寂しい雰囲気。

岩室観音堂は正しくは岩室山龍性院と言うらしい。

四国のお遍路は八十八ヶ所回らなければならないが、ここでは石仏が八十八個あって四国八十八と同じ功徳が得られると言われている。

胎内くぐり。
そしてすぐ側には階段があり2階へ行けるようになっている。

右の奥はとりあえず後回しにして早速上に行ってみようじゃないか!

何やら厳重に鍵がかけられ閉ざされた鉄門。
その向こうには折り鶴が吊るされている。
一体何を意味するのか?
願掛けだろうか??
寺院には詳しく無いので何とも言えないけども、祈願の類いでは無いかと思われる。

何やら書いてあるけど、どうやらさっきの折り鶴の事みたい。

上を見上げると古びた材木が重なり合い、千社札がそこらじゅうに貼ってある。

よじ登ったのかwww
確かに高い所に貼れば高い御利益が得られるとは言われてるけどどうやったか気になる。
マジックハンドの長いやつを使ったのか?
それとも高枝切り鋏の先っちょに挟んで貼ったのか?
知っている人がいたら教えて頂きたいっ!

さて胎内くぐりを終え、先へと進むと梯子が現れた。
しかしこれはスルー。

そして鎖があるのでよじ登る!
妙義山上級者コースに比べたらこんなのチョロいぜ!
しかし治ったら俺は妙義山に登るのだろうか?
昔は己を試すのに良く行ってたけど、もう無茶はしなくなりそうな気がする。

足元はぬかるんでいて滑る。
それでも先へと進む。

あれ?この先が胎内くぐりだっけ?
いやさっきの階段がそうか??
最早記憶にほとんど無い。
とにかくぐるっと回って下りる事だけは記憶している。

一回りしてさっきの右奥の石仏が安置されている、岩屋に入り込む。
ここがどうやら八十八個ある場所らしい。

外を見ると巌窟売店が見える。
一応現役稼働だが、百穴から少し離れているので寄り道する人はあまりいない様に思われる。
しかしかつては、巌窟ホテルが見学可能だった頃…駐車場でもあり入場券を販売してた場所でもあるのだ。
巌窟ホテルを掘っていた高橋峯吉氏の子孫の方が細々とやっていて話も色々聞けそうだなと考えたが、外でやる為に鍋を持って来ていたので次回に持ち越す事にした。
住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見
建立は810年頃と言われている大変歴史のあるお堂である事は間違いないのだが、松山城の攻防戦の際に焼失。
江戸時代に再建されたのがこの現在のお堂。

百穴と違い人はほとんど居ない。
マニアック故か先客が二人居ただけで、何とも寂しい雰囲気。

岩室観音堂は正しくは岩室山龍性院と言うらしい。

四国のお遍路は八十八ヶ所回らなければならないが、ここでは石仏が八十八個あって四国八十八と同じ功徳が得られると言われている。

胎内くぐり。
そしてすぐ側には階段があり2階へ行けるようになっている。

右の奥はとりあえず後回しにして早速上に行ってみようじゃないか!

何やら厳重に鍵がかけられ閉ざされた鉄門。
その向こうには折り鶴が吊るされている。
一体何を意味するのか?
願掛けだろうか??
寺院には詳しく無いので何とも言えないけども、祈願の類いでは無いかと思われる。

何やら書いてあるけど、どうやらさっきの折り鶴の事みたい。

上を見上げると古びた材木が重なり合い、千社札がそこらじゅうに貼ってある。

よじ登ったのかwww
確かに高い所に貼れば高い御利益が得られるとは言われてるけどどうやったか気になる。
マジックハンドの長いやつを使ったのか?
それとも高枝切り鋏の先っちょに挟んで貼ったのか?
知っている人がいたら教えて頂きたいっ!

さて胎内くぐりを終え、先へと進むと梯子が現れた。
しかしこれはスルー。

そして鎖があるのでよじ登る!
妙義山上級者コースに比べたらこんなのチョロいぜ!
しかし治ったら俺は妙義山に登るのだろうか?
昔は己を試すのに良く行ってたけど、もう無茶はしなくなりそうな気がする。

足元はぬかるんでいて滑る。
それでも先へと進む。

あれ?この先が胎内くぐりだっけ?
いやさっきの階段がそうか??
最早記憶にほとんど無い。
とにかくぐるっと回って下りる事だけは記憶している。

一回りしてさっきの右奥の石仏が安置されている、岩屋に入り込む。
ここがどうやら八十八個ある場所らしい。

外を見ると巌窟売店が見える。
一応現役稼働だが、百穴から少し離れているので寄り道する人はあまりいない様に思われる。
しかしかつては、巌窟ホテルが見学可能だった頃…駐車場でもあり入場券を販売してた場所でもあるのだ。
巌窟ホテルを掘っていた高橋峯吉氏の子孫の方が細々とやっていて話も色々聞けそうだなと考えたが、外でやる為に鍋を持って来ていたので次回に持ち越す事にした。
住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見