春休みなせいか、彼は朝から執務室に来ては過去の論文やら、専門書を読み漁り、何やらノートに書き込んでいる。
独自のテーマを持って、それについて調べているのだろうが、研究生や講師陣よりも熱心なのは彼の性格からくるものだろう。
「教授。コーヒー淹れますね」
すっかりお馴染みとなった午後のコーヒータイム。
最近では、この時間に合わせて仕事の区切りがつくようになっていた。
「今日はお茶受けを持ってきたのだよ」
手提げのビジネスバッグから、小奇麗に包装された箱を取り出す。
「教授がお茶受けなんて珍しいですね」
「まぁ、今日くらいはね。それに、先月のお礼も兼ねてね」
3月14日。
ホワイトデーなのだが、先月のお返しをしたものかどうかと悩み、妻に相談したところ……。
『プレゼント交換くらいの気持ちで良いと思うわ。それに、もらっておいて返さないのもね〜』
そんな返答を受けたものだ。
「今日はホワイトデーでしたね。開けてもいいですか?」
「先月のお返しだから、遠慮しないで開けてしまいなさい」
ウサギ君の小さな手には、少し大きい箱であるが、その包装をナイフも使わずに、キレイに剥がしてしまう。
箱はクリアーなプラスチック製で、中に入っているモノがしっかりと見える。
色とりどりのモナカのようなカタチをしたお菓子のマカロン。
「わぁ。キレイなマカロンですね……食べるのがもったいないくらい……」
箱を持ち上げて、色々な角度からそれを見ている彼は、とても嬉しそうだ。そんな顔を見せられたら、買った方としても嬉しくなってしまう。
「飾っておくかね」
「それは、パティシエさんに申し訳ないですね」
「と、いうと?」
「料理は食べきるまで完成しないと、僕は考えているからです」
「それは面白いね」
彼の料理に対する「完成」についての定義と、私との討論は日暮れまで続くことになった。