いよいよ桜も咲き始めそうな、暖かく穏やかな日が続いたかと思えば、雪が降るような寒さが戻る。
そんな春へ移ろいゆく3月も下旬に入る頃に、毎日のように顔を見せていた彼は、ぽつりぽつりとしか顔を見せなくなった。
すっかり習慣となっていたコーヒータイムも、最近では自分で淹れることが多い。
「あぁ、豆がなくなっていたのでしたね……インスタントにしますか……どこにしまいましたかね……確か、この辺りにっいっ?!」
買い置きしていたインスタントコーヒーの探索で、棚を漁っていると頭上から何やら落ちてきた。
それは、私の頭に当たり、床に落ちる。
頭に手を当て足元を覗けば、お目当てのインスタントコーヒーの紙箱があった。
「平面座標はあっていたようですね」
呟いてみたものの、それは負け惜しみにしか聞こえない。
自分の言葉に、顔をしかめてしまう。
紙箱からスティックを1つ取り出し、口を開け、中身をマグカップに。
「お湯は……準備していませんでしたね。コーヒー1杯に、この手際の悪さ……予定していた工程が崩れると、途端にこんなものですか……はぁっ」
負け惜しみとため息が漏れる。
電気ケトルに水を入れ、スイッオン。
それと同時に執務室の扉が開いた。
私の部屋はリモコンでの開閉には対応していないし、ましてや電気ケトルのスイッチはリモコンではない。
「教授っ!見てくださいっ!!やっと見つけたんですよ。ミケネコ先生著作の絶版本」
満面の笑みを浮かべた彼。
その両手には、マニュピレーターと言えばこの人と言われるミケネコ先生の入門書。
それを宝物でも見つけたかのように掲げて見せる。
「貴重な本を良く見つけたね」
「古書店を探し回って、ようやく見つけました」
「専門書はなかなか出回らないのに、よく見つけられたものだね」
「はい。もう、見つけたねときは飛び上がってしまいました」
飛び上がるだけではなく、きっと本を手に踊るように回っていたことだろう。
そんな光景が、目に浮かぶ。
「ところで、コーヒーでもどうかな?インスタントだがね」
もう1つのマグカップにインスタントコーヒーを入れ、電気ケトルで沸かしたお湯を注ぐ。
2つのマグカップを執務机に置いて椅子に深く座った。