自分で稼いで食べていける年齢になったら、
何を得るために何を犠牲にできるか、
を明確にして選択していくことがその人の人生、生き方だと思う。
日本語が少しおかしいけれど。
恋愛、仕事、etc。
もちろん友人に相談することもあるでしょう。
そして相談って、うまくいっているときよりそうでないときの方が多いもの。
相談できる友達がいることは大切。
アドバイスしてくれる人がいることは大切。
でも、例えば同じことを半年も1年も相談してくる人。
それがグチであれば、聞いている方もしんどくなる。
本当に悩んで解決したくて悩んでいるなら力になりたいけど、
ずっとぐじぐじしてる人にいつまでも付き合ってられないなぁと。
あたしだったら、とっくにやめている。
そんなグチばかり言って過ごしていたくないもの。
それを得るために、何を我慢しないといけないのか。
それを回避すると、何を失うのか。
シンプルなこと。
その価値判断は、人それぞれだろうけれど。
自分がどんな選択肢を持っているのか。
それぞれのメリットとデメリットは何か。
譲れないものは何か。
そのために我慢しないといけないことは何か。
それらをすべて比べた上で、
これは譲れないから少し我慢する、
ここまでのリスクは負えないからこれにする、
と選択していく。
その積み重ねがその人らしい生き方だと思う。
相談されて答えられるのは、
今どんな選択肢があるかと、そのメリットとリスク。
それを一緒に考えることくらいはできる。
当事者には見えていないことに気づけるかもしれない。
二人で考えれば、1人のときより多くのことに気づけるかもしれない。
でも、最終判断は、その人自身。
そこまで考えても選択することから逃げたり、
分かっていたリスクにグチを言うなら、
もうそれ以上は付き合いたくないなぁと思ってしまう。
前向きじゃない感情に、不必要には巻き込まれたくない。
生きていたら辛いことはあるよ。
そういうときに、そっと寄り添い合える人がいるととても心強い。
泣きたいときもある、弱音を吐いてしまうときもある。
時間がかかるときもある。
そんなときは仕方ない。
でも、エネルギーもあって、選択する力もあるときに、
逃げ出してグチをいうのは少し違うと思うから。
できることしか、できないんだから。
もちろん今分かってるメリットデメリットが完全とは限らない。
思ってたのとは違うこともいっぱいあるでしょう。
でも、現時点でわかってることで選択するしかない。
それもリスクの一部。
どうしても怖くて嫌なら、選択しないで放置する?
その場合はどうなる?
選択しないという選択をした場合のリスクは?
やっぱり結局は、決めざるを得ない。
選択肢を決めて、同時に覚悟を決めること。
決めたら一生懸命その実現に力を尽くすこと。
結果がどうであれ、自分で考え抜いて決めたことなら、
予想通りじゃなくてもそんなに後悔はしないでしょ。
他人に決められて嫌々したなら、人のせいにしてしまうかもしれないけど。
自分で稼ぐようになって、と最初に書いたのは、たぶんこの部分。
学生で親に養ってもらってる間は、多少は親の意向も入るから。
それはでも、仕方のないことだし、
育ててもらっているということの裏返しでもあるからね。
でも育ててもらってても、意見を主張することはできるはずだけど。
やることちゃんとやってたら、方法はいくらでもあるだろうし。
その自由度、責任感は、学生と大人では多少違っても仕方ないよね、ということ。
覚悟がないこと、
ネガティブな言葉を他人に不必要に聞かせること、
言っていることがころころ変わってしかもそれを認めないこと。
こういう感じの人が最近とても苦手。
他人にストレスを与えてしまう人たちだからなのかな。
もう少し自分自身落ち着いたら、また大丈夫になるかなとも思うけれど。
こんなことでこれから人づきあいをしていけるのか、不安になる。
そして、そんなことを思っていながら、
近づいている命にかかわりかねないその日とそれからの日々に、
小さな不安を感じる自分。矛盾。
生きていたいと思ってしまうから、怖くなるんだろうね。
今日も生きていることは、本当は当たり前ではなくて奇跡。