幸治は携帯を置くとベッドの上で静かに泣いていた。
そして、知らぬ間にまた深い眠りへと落ちていた。

気が付くと周りには何もないただ草原だけが広がっていた。そして、その上にただ一人幸治だけが立っている。
「ここは…夢…??」
幸治が辺りを見回すが、どこを見てもただ遠くまで草原が広がるだけの世界だった。その時、幸治の後ろではしゃいでる子供の声が聞こえた。幸治が振り返るとそこには幼き日の幸治と瑠璃がいた。
無邪気にはしゃぎ回って、先のことなんて目もくれなかった…その過去の姿が映し出されていた。
「瑠璃…。」
その幼き頃の瑠璃の姿を見て、幸治は少し微笑んだ。
しばらくして、その過去の姿が突然消え、辺りが真っ暗になった。
『君の願いは承諾された。』
一瞬のうちに闇となった世界の中から男の声が聞こえた。
「あ、貴方は…??」
姿なき声に困惑しながら幸治は聞いた。
『君が願っていることを明日の夜までかなえてあげよう。』
「俺が願ってること…。」
『思い出の場所へ向かうのだ…。』
姿なき声が消えると同時に周りに光が溢れ、幸治は目が眩んで目を閉じた。

「夢…?」
幸治が気が付くと、幸治はベッドの上で汗だくだった。あれからどれだけの時間が経過したのであろう…幸治が時計を見ると朝の4時を指していた。
「あれは一体…。」
幸治は夢の中で聞いた声を思い出した。あれは一体何だったのだろう…そう思っていた幸治はふとその声が言っていた事を思い出した。
「思い出の場所!?」
すぐさまベッドから起き上がると着替えて家を飛び出した。


思い出の場所…それは幸治にはすぐに思いついた。《自分にとって一番の思い出の場所、それはあの公園しかない》という確信があったのだ。瑠璃と一緒に遊んでいた公園。いつしかその場所が幸治にとって一番の大切で好きな場所になっていた。
まだ辺りは朝日が出る前の町。僅かに明るくなっては来ているが、まだ暗さが残っていた。幸治は無我夢中で公園に向かって走った。
公園の入り口に到着したとき、幸治はベンチに誰か女の人が座っていることに気が付いた。まだ日も昇らないこんな朝早くなのに…。
「瑠璃…。」
そこに座っているのが瑠璃だと気付くのに十秒とかからなかった。
瑠璃は白いワンピースを身にまとい、そして、ふちのついた白い帽子を被っていた。幸治は疑心を持っていたが、そこに存在している瑠璃の姿を見てそんな事はすぐに消えた。
「瑠璃!!」
幸治は大声で叫んだ。すると、ベンチに座っていた瑠璃は幸治に気が付いて、笑顔を見せ手を振った。その姿はとても優雅であり綺麗だった。幸治は走って瑠璃の傍に寄った。
「瑠璃…。」
幸治は会えた嬉しさのあまり涙を流した。
「幸、また泣いてる!小さい頃から泣き癖だけは変わらないよねー!」
瑠璃は笑った。
「そりゃ…瑠璃がいなくなったら…。」
「幸、暗いよ。せっかく、会えたんだから泣かないで。」
そういって、瑠璃は幸治の目の下に流れた涙を手で拭った。
「そうだよな…ごめん。」
幸治は笑顔を見せた。それを返すように瑠璃は再び幸治に笑顔を見せた。そして、二人は並んでベンチに座った。二人とも何を話せばいいのか分からないままただ静かに時が過ぎた。
「幸…。」
その沈黙を破ったのは瑠璃だった。さっきまでの様子とは違うということを幸治は感じ取った。
「何?」
「昨日…私、死んじゃったんだよね…。」
「…。」
幸治は何も答えられなかった。
「車で買出しに行こうとしたとき、横から突然…トラックが来て、ぶつかって…。」
「…。」
「目の前が炎で真っ赤になったの。お父さんとお母さんはなんとか逃げれたんだけど、私、逃げられなかった…。気が付いたら…草原にいたの。」
「草原…。」
さっきまで見ていた夢を幸治は思い出した。
「そこでね…男の人の声がしたの…私は死んじゃったって…。でも…。」
「でも…?」
「貴方に会いたがってる人がいるって…。私も会いたい人がいるって言った。そうしたら、2日間だけ時間をくれるって…。」
「実は…。」
幸治は自分が見た夢、送られてきたメールの事を瑠璃に話した。
「そうだったんだ…。幸治だったんだね。二人のお願いが通じたのかな…。」
「うん、きっとそうだよ。神様がもう一度、あわせてくれたんだよ!」
幸治は瑠璃の手を握った。その手はとても冷たかった。
「そうだよね!!神様に感謝しなくっちゃ!」
瑠璃も幸治の手を握り返すと、再び元気を取り戻しかのように明るくなった。
「瑠璃、会えてよかった。」
「私もだよ。」
二人は見つめあった。その時、二人に朝日が差した。
「あ、朝日。綺麗ー!!」
瑠璃は朝日を見ると目を輝かせた。
「うん!」
朝日によって幸治の後ろに影が出来た。しかし、そこには瑠璃の影はなかった。
莉音と幸治は手を繋いで薄暗い道を帰っていた。莉音は相変わらず目を真っ赤にして、声を殺して泣いていた。
「莉音…。」
さっきまで泣いていた幸治だったが、もう泣くのは止めていた。《瑠璃は確かに死んでしまった…でも、俺がしっかりしなければいけない。今、ここで俺が泣いてしまったら更に莉音を悲しませるだけだ。》そう思った幸治は涙を抑えたのだ。
「…お兄ちゃん。」
莉音は繋いでる手を握りなおして、幸治の方を見た。
「莉音…もう泣くのはやめよう…。」
幸治は静かに言った。
「だって…だって…。」
莉音は俯いて更に声を上げて泣き始めた。
「莉音!!」
幸治は大きな声を上げた。それに驚いたのか、莉音は幸治から手を離して、幸治の顔を見た。涙が一瞬やんだのだが、まだ息が荒かった。
「莉音、もう泣くのはやめよう…。」
「お兄ちゃん…。」
「確かに瑠璃はさ、突然いなくなっちゃった…。どこか遠い世界に行ってしまったよ。だけど、だからっていつまでも泣いてたらさ瑠璃が悲しむんじゃないかな…。」
「……。」
莉音はまた俯いた。荒かった息は少しずつ正常に戻ってきたようで、少しずつ莉音が落ち着いてきたようだった。
「瑠璃はずっと見てくれてると思う。だから、残された俺たちが瑠璃を笑顔で見送ってあげなきゃ…!!」
幸治は悲しかった。本当は誰かに泣きつきたかった。
しかし、それと同時にもう瑠璃とは会えないということが分かっていた。瑠璃を見送ってあげなきゃいけないと…。
「う…うん…。」
莉音は小さく頷いた。

しばらくして、家の前に到着した。
二人が家の中に入ろうとした時、幸治の携帯が突然音を上げた。~♪
最近、一番売れているらしい歌手の明るめの音楽だった。今まで暗い空気でいた二人の周りが一瞬明るくなった。どうやらメールがきたようだ。
幸治は携帯をポケットから取り出すと液晶を見た。液晶には見たこともないアドレスが流れていた。
tutaetai-kotoba@…
「伝えたい…言葉…??」
幸治はメールボックスを見ることなく携帯をポケットに押し込んだ。《どうせ、どこかの迷惑メールだろ…。こんな時に…。》悲しみに暮れていた幸治に少しだけ怒りが生まれた。
「お兄ちゃん??見なくていいの…?」
携帯を開かずにしまってしまった幸治の行動を見て、莉音は少し疑問に思った。
「いいんだよ…イタズラみたいだから。」
そういって、幸治は家の扉の鍵を開けた。



真っ暗闇の部屋の中で幸治は目を覚ました。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。眠っていると幸治は瑠璃の夢ばかり見ていた。
身体を起した幸治は電気をつけると机の上に立ててある写真を見た。
「瑠璃…。」
幸治はつぶやいた。
写真の中の幸治と瑠璃は笑っている。その写真は中学校のときの修学旅行の写真だった。
「本当、無邪気な顔してるよな…。」
写真の中の瑠璃を見て、幸治は少し泣きそうになった。
ふと、その時、幸治は瑠璃が引越す前日の下校を思い出していた。


「結婚しよう!二十歳になったら!二十歳になったら、俺、東京に会いに行く。瑠璃と結婚する。」
「ありがとう…本当にありがとう!瑠璃、幸のお嫁さんになるよ…!!」


「瑠璃…約束したのに…どうしてだよ…。」
幸治の目から涙が流れた。もう泣いてる場合でない、笑顔で瑠璃を送ってあげなければならない…そう分かっているのに幸治の意思に反して涙は流れた。
しばらく静寂が流れた、と、突然、幸治の携帯がなり始めた。メールの受信音だ。
幸治は携帯を取り上げると液晶に流れている文字を見た。
tutaetai-kotoba@…
またあのメールだ。《また迷惑メールか…。》幸治は少し怒りを覚えると携帯を置いた。
数分後、なんとなく気になってしまって携帯を開いた幸治はそのメールを見た。


内容:貴方が一番伝えたい言葉は誰にどんな言葉ですか?そんな伝えたい言葉を叫んでみたいと思いませんか?きっと貴方の思いは伝わるはずです。相手、伝えたい内容をこのメールに返信してみてください。きっと伝えたい相手に伝わります。


そのメールの内容はどこにでも流れていそうなダイレクトメールやチェーンメールのような嘘っぽいちんけなメールだった。《なんだこんなもの…。》そう思った幸治だったが、、どんなおまじないでもいい、辛気臭い霊能力者でもいい…瑠璃へ言葉を伝えたかった。幸治はそのメールへ返信した。


内容:瑠璃へ、瑠璃にはまだ伝え切れてないことたくさん残ってる。一言じゃいい表せないよ。もう一度、瑠璃と会いたい。まだ一緒に遊びに行ったり、一緒に笑ったりしたい。瑠璃に言いたいことたくさんあるのに…。約束だって…残ってる…。


メールを打っている間、幸治は涙が止まらなかった。そのせいか自分でも何を打っているのか分からなくなった。打ち終わると幸治は返信を押した。画面には紙飛行機となったメールが向こうへと飛んでいった。
怜のお店を飛び出した幸治はわけも分からずただ只管走り続けた。

≪瑠璃が死んだ≫

その事が頭の中で木霊していた。
《何でだよ…。あんなに元気だった瑠璃がどうして…。》幸治の目からは大粒の涙が流れていた。その涙を自分の意思でとめることはもう出来なかった。
その時、ふとさっきまで見ていた夢を思い出した。

【助けて…幸…助けて!】

夢を見ていたとき、莉音に起されたとき、あまり意識はしていなかった。ただ、ちょっと気になるぐらいだったのに…今思うとそれが瑠璃からのSOSだったのかもしれない…。

そんな事を考えながら街中を彷徨っていた幸治は気が付くと、近くの公園のブランコの上に座っていた。そこは、まだ幼い頃、瑠璃とよく遊びに来ていた公園。
公園には塗装が剥がれて少し淡い色になりかけているジャングルジム。
乗るとギィギィと軋むような音を出しながら動くシーソー。
小さな子供が作った山がまだ残っている砂場。
どこにでもあるような公園である。ブランコを少し揺らしながら幸治はジャングルジムを見つめていた。

幸治と瑠璃がまだ小学1年生だったのときのこと。
いつものようにこの公園に来て、二人で遊んでいた時、瑠璃がジャングルジムに登っていた。幸治は高いところに上るのが嫌いでいつもジャングルジムにだけは登れなかった。
「幸ちゃん、こんなのにも上れないのー?」
ジャングルジムのてっぺんから幸治を見て笑いながら瑠璃は言った。
「上れるもん!!」
いつも幸治は瑠璃に何か言われると頑張ってしまうのである。ジャングルジムの一段目に足を掛けた幸治は思い切って地面を蹴ったが、やっぱり足がすくんでしまい上れなかった。幸治は自分の情けなさに涙目になった。
「降りるね。」
幸治が泣きそうになるといつも瑠璃が頭を撫でて助けてくれていた。
瑠璃が降りようとして、少し降りたとき、少し前まで降っていた雨のせいか足を滑らせた。瑠璃はそのまま下に転落した。
「アハハ、失敗…。」
瑠璃は幸治に向かって笑顔を見せた。
「瑠璃ちゃん、腕怪我してるよ。」
幸治は瑠璃の左腕を指差して言った。
「本当?」
瑠璃が見てみると、落ちたときに出来たかすり傷が血で滲んでいた。幸治はポケットからハンカチを取り出すと傷口に当てた。
「幸ちゃん、ありがとう。」
瑠璃は笑顔で言った。

ブランコに座っている幸治はそんな小さな頃の事を思い出していた。また自然と涙が零れた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
遠くから莉音の呼ぶ声がした。突然、店を飛び出した幸治を探しにきたのだ。
「ぁ、お兄ちゃんいた!」
莉音は公園のブランコに一人座っている幸治を見つけた。
「お兄ちゃん…ニュースでやってたのって、瑠璃ちゃん…??」
暗い顔で莉音が幸治に尋ねたが、幸治は何の反応も示さずにただ呆然と前を見つめていた。その様子から莉音はその答えが【はい】だと察知した。
「そっか…。瑠璃ちゃんなんだ…。」
莉音の目にも涙が溢れた。

莉音はずっと瑠璃にあこがれていた。どこで知り合ったのかは幸治も知らないのだが(幸治の家に瑠璃が来ていたときに間違いはないだろうと幸治は思っていたが)本当の姉妹のように仲が良かった。
瑠璃が着ていた洋服は莉音にあげたり(莉音はかなり喜んでいた)、小学生の頃には勉強道具を持ってどこに行くのかと思ったら、
「ちょっと瑠璃ちゃんに勉強見てもらいに行くね!」
といって張り切って家を飛んでいったり。
莉音は本当の姉のように瑠璃を慕っていた。

「ねぇ、本当に瑠璃ちゃん死んじゃったの!?ねぇ…お兄ちゃん!!」
初めは大人しかった莉音がもう自分を制御出来なくなり、泣きじゃくっていた。幸治はただ黙って涙を流していた。
少しして、
「莉音帰ろう…。」
幸治は莉音に手を差し伸べた。
「うん…。」
涙で目が真っ赤になった莉音は力なく頷いた。