「なぁ…隆!東京でも今、こんな空なのかなぁ…。」
「はぁ?突然なによ!幸ちゃん頭おかしくなっちゃったー!?」
幸治より少し先を歩いていた隆哉は足を止めて振り返ると大きな笑い声をたてた。『何が面白いんだ…。』幸治は隆哉の顔を表情変えずに見つめた。異変に気が付いた隆哉は笑うのをやめて幸治から目線をそらした。
「東京は遠いからねぇ…。晴れてるんじゃないかなぁ。」
隆哉は自分で何を言ったのか分からなかった。ただ、この悪い空気を変えたくてしどろもどろに言った。
「そか。」
「どうしたの幸ちゃん…?」
「いや、瑠璃も遠い世界にいっちゃったんだなぁって思ってさ。」
幸治はまた空を見上げながら少し笑って言った。と、隆哉は幸治の顔をパチンとはたいた。
「いってぇ!何すんだよ、隆!」
「ばーか!幸ちゃん馬鹿だねぇ!俺もルッキも幸ちゃんも同じ空の下にいるんだよ!だって、空は一つしかないんだからさ!」
隆哉はいつになく真面目な顔をして幸治の顔を見つめた。幸治の目に隆哉がかっこよく映った、そして、隆哉の気持ちに気がついた。隆哉は隆哉なりに自分を励ましてくれているのだと…。
「そうだな!」
幸治は隆哉に笑顔を見せた。
「うん!ぁ 俺今、いい事言ったっしょ!」
またいつもの隆哉に戻った。幸治はいつもどおりに隆哉の発言を流して先に走っていった。
「幸ちゃん待ってくれよぉー。」
隆哉は幸治のあとを追いかけた。
幸治が家に帰宅すると毎日の事だが家中が静まりかえっていた。
幸治の家は父、母、幸治、妹の四人家族で、父親の義美も母親の幸代も病院勤めの医者で二人の結婚時に約束したらしく(これは幸治の聞いた話だが)ずっと共働きで、仕事をどちらもやめようとはしない。母親の幸代は専業主婦になるつもりなどさらさらもないのである。二人の帰宅はいつも真夜中で、二人ともが同時に当直が入る日も珍しくなく、そういう日は幸治と妹の莉音の二人で家にいることになる。
幸治の妹、莉音はいつもボーとして、何を考えているのか幸治でさえ読み取れない謎の中学2年生である。ただ、莉音はかなりの美少女らしく(幸治がそう思っているだけなのだが)学校でもかなりモテる。幸治にとっては誇らしい妹なのである。その妹は毎日、部活動であるソフトテニスをしてから帰ってくるのでどの部活動にも所属していない幸治より帰るのは遥かに遅い。
そんなわけで今日も幸治が家に帰ってみると不気味なくらい家の中は静かだったのである。幸治は家に上がると他の物には全く目を向けず慣れた足で2階の一番端っこの自分の部屋に入っていくと提げていた鞄を床に放り投げてベッドに身を投げた。そして、ポケットの中から携帯電話を取り出すと瑠璃にメールを打った。
宛先:瑠璃
件名:遅くなってゴメンm(_ _)m 今、帰った!さっきはゴメン!
単純なメールになってしまったが、今のごちゃごちゃした幸治の頭ではメールを打つので精一杯だったのである。幸治は送信のボタンを押すと携帯を片手に天井を見つめた。天井には宇宙の絵が書かれたポスターが貼ってある。
【助けて…幸治…助けて!】
「あれれ寝ちゃってるよー。」
莉音は幸治のベッドの横で見下ろしながら言った。『今の声、、、瑠璃・・・!?』幸治は夢を見ていた。瑠璃が助けを求めている夢を…。閉じていた瞼を開くとそこには莉音がいた。
「お兄ちゃん、そんな格好で寝てたら風邪ひいちゃうよー!」
莉音はクスクス笑いながら言った。幸治は一言、「あぁ」と洩らした。
「ってか何でいるの!?」
「なんでって…さっき帰ってきたじゃん!って寝てたんだよね。」
「寝てた!?」
幸治はふと机の上に置いてある時計を見た。時計は19時を指していた。
「って!7時…!」
幸治は布団から跳ね起きた。学校から帰ってきたのが17時だったので、ゆうに2時間は眠っていたのだ。
「お兄ちゃん、そんなことよりご飯は!?」
「飯?そんなん母さんに言ってくれよ!」
「やっぱ聞いてなかったんだー!お兄ちゃん朝、ボーとしてたもんね。今日はお母さん当直だから明日まで帰ってこないんだよ。ちゃんと聞いてないと!お母さんがご飯大丈夫って聞いた時頷いてたじゃんおにいちゃん。」
「あっ!そういや…。」
幸治は朝の事をすっかりと忘れてしまっていたのだ。瑠璃の事ばかり考えていたから。周りの音という音を寄せ付けてはいなかったのだ。
「そういやじゃないよ…しっかりしてよ…もう…。」
莉音はふくれて怒った。しかし、あまり怖くはないと幸治は笑いを返した。
「わりぃわりぃ!てかじゃあなんかあんじゃねぇの?冷凍とか。」
「晩御飯になりそうなものなんてないよ…。」
「しゃーねぇな、んじゃ怜さんとこいってなんか食うか!」
今まで怒っていた莉音は突然顔を変えて上機嫌になった。
「賛成♪じゃあ着替えてきまーす。何きよっかなぁー!」
莉音は飛び跳ねて部屋を飛び出していった。「近くに行くのにそんなにオシャレしなくていいだろ!」と笑いながら幸治は言ったが莉音の耳には届いていなかった。
家を出た幸治と莉音は二人仲良く横に並んで歩いていた。
「久しぶりの怜さんのお店。楽しみー♪」
相変わらずトーンの高い莉音の声が響く。
怜さんこと深山怜は幸治の母親、幸代の高校時代以来の親友で、幸治の家から5分ほど歩いたところにある居酒屋を経営している。何か春日家で起こったことがあったらいつも助けてくれる優しい人である。
「そうだな。でも、あんまりはしゃぐなよー!一応、居酒屋なんだし。」
「はーい!分かってるって分かってる!」
『本当にわかってんのか!?』と幸治は思ったが、その答えは言うまでもなく分かっていたので幸治は笑顔を返した。
その時、ふいに幸治はさっき送ったメールの事を思い出した。そして、あの夢の中で聞いた瑠璃の助けを求める声も。幸治はポケットから携帯電話を取り出してみたが、返信メールはまだ届いていなかった。いつも早く返してくる瑠璃だったので少し心配ではあった。でも、引越しをしたてという事でいろいろと忙しいんだろうと思って幸治はあえて気にしない事にした。そして、携帯電話をポケットに押し込んだ。
「お兄ちゃんどうしたのー??まっさか振られちゃったのー!?かわいそー。」
幸治の行動を見ていた莉音は勝手な想像をくみ上げて笑った。幸治は「そんなんじゃねぇよ。」と言って苦笑した。
「そうそう、莉音ね、優君と昨日一緒に帰ったんだよ。」
優君は莉音の彼氏である。サッカーが上手くて、勉強も出来るらしい(莉音が言っている事)。幸治は一度だけ会った事があったが、あんまりパッとしない子ではあった。
「そっか、うまくいってんだな。」
幸治は莉音を見て笑顔を見せた。
「うんっ!」
莉音はとびっきりの笑顔を返した。
ガラガラガラ。
「いらっしゃいませー。あら、幸治君に莉音ちゃんじゃない!いらっしゃい!どうしたの?」
店に入るなり高い声が幸治と莉音を迎えた。怜である。昔、どこかの劇団に入って声楽を叩き込まれただとか生まれつきこんなに声が高いのだとか適当な事を幸代から吹き込まれている幸治だったのだが、はっきり言えばどちらでも良かった。ただ、怜の声は顔と一致せず想像以上に高い。ある意味怖いくらいである。
「こんばんはっ怜さん♪」
莉音も怜の声に負けないぐらいの大きな(高くはないが)声で返した。
「あら、莉音ちゃん相変わらず元気ね。」
怜は口に手を当てて優しい微笑を浮べた。その笑顔は幸治の中で【大人の笑顔】というものの象徴のようだと思っていた。
「こら、莉音!大きな声出すなって!」
「あっごめんなさい。」
莉音は右手を頭に置いてエヘへと可愛げな声で笑った。
「で、今日はどうしたの?」
「あっちょっと親が当直なもので、晩飯をと思って。」
「そっかぁさっちゃん当直なのかぁ。分かったわ。じゃあ座って。」
怜は幸治と莉音をあいている席に案内した。二人が来たとき、店の中にお客さんはいなかったためか店の中ではTVの音だけが響いている。幸治がふとTVを見上げた時、丁度車の衝突事故のニュースをやっていた。幸治はちょっと気になってそのニュースに見入っていた。
「あれおにいちゃんニュースなんて滅多に見ないのに。」
莉音が横で笑いながら言った。
「そうなの?幸治君ニュース見ないんだ!」
怜もつられて笑った。
幸治は『うるせぇ』と言葉を洩らして、ニュースの続きを見た。なんとなくこのニュースだけは見ないといけないそんな気がしたのである。何故かよくわからないのだけれど。
本日、東京都○○で普通乗用車と大型トラックとの衝突事故があり普通乗用車が衝突の際に漏れ出たガソリンに火が引火し炎上、爆発し、一人が死亡、二人が重軽傷を負いました。この事故で犠牲になったのは…
「えっ…。」
事故によって被害を受けた人の顔写真が出た時、幸治の時が一瞬止まった。そこに映し出されていたのは紛れもなく瑠璃の顔だったのだ。
普通乗用車の後部座席に乗っていた、新居瑠璃さん17歳。また同じく乗用車に乗っていた新居辰夫さん40歳と妻、美貴さん38歳が足などに重軽傷を負いました。
ニュースを最後まで聞くことなく、幸治は店を飛び出していった。
「お兄ちゃん!」
「幸治君!」
怜と莉音が大きな声で幸治を呼んだが、もう遅かった。