ピピピピ……。

幸治は目覚まし時計の頭を叩くと体を起こした。
「おはよ。幸。」
隣では瑠璃が嬉しそうな顔で立っていた。
瑠璃は一睡もせずにただ幸治の寝顔を眺めていた。特に睡魔が来ることもなく朝を迎えた。
「おはよ。」
幸治は立ち上がるとカーテンを開いた。窓の外は少し薄暗く、土砂降りだった。
「雨かよ…。」
「折角のデートなのにね。残念!」
「だな。まぁしょうがないさ…。」
幸治は少し気力を失っていた。あの声の通りなら今日の夜に瑠璃は消えてしまう。そんなことは十分承知していたのだがまだ幸治にはそれを納得することは出来なかった。もちろん瑠璃もそれは同じだった。
「幸、早く準備してよ。いつもみたいにまたされるのいやだからね。」
瑠璃は無理に笑ってみせた。
「分かってるよ。」
「じゃあ10時にいつもの噴水で待ってるからね。」
そういって瑠璃は静かに部屋から出ていった。幸治は瑠璃の行った方向を静かに見つめた。

10時の駅前の噴水周りには色々な人が行き交っていた。朝から降っていた雨はあがったもののまだ空一面雲で覆われていた。
瑠璃は誰からもみられることなく立っていた。瑠璃の姿は幸治以外の人には見えない。
ちょうど瑠璃の横に中学生くらいの女の子が腕時計を確認しながら立っていた。
しばらくして一人の男の子がその女の子に走りよってきた。女の子は少し頬を膨らませた。
「遅いよ~。」
「ごめん!ちょっとあって…。本当、ごめん。」
「んー今回だけは大目にみてあげよう。」
女の子は微笑み、男の子の手を握って二人は歩いていった。そんな二人の後ろ姿を見た瑠璃は微笑ましく思った。そして、同時に悲しみもわいてきた。
「私も…生きてれば…。」
小さな声で呟いた。
と、後ろから肩を叩かれた。瑠璃は驚いて振り替えるとそこには幸治が笑顔で立っていた。
「悪い、待たせたな。」
「幸…。」
「ちょっと支度に手間取った。あと、莉音への言い訳。」
いつもファッションに気をあまり使わない幸治だったが、今日はかなり頑張ったつもりだった。
「今日は決まってるね。」
「ありがと。今日は頑張ったよ。まぁ…瑠璃さんのセンスにはかないませんけどねー。」
「あら、当たり前でしょ。」
二人は無邪気に笑った。
「んじゃ行くか。」
「うん。」
幸治は先に駅に向かって歩き出した。と、後ろから瑠璃が幸治の手を握った。
瑠璃は頬を少し赤らめた。幸治はそれを見て、手を握りかえした。恥ずかしそうな顔をして幸治は頬を掻いた。
二人は電車の駅に入った。

電車に30分ぐらい乗ったところの駅を降りて、しばらく歩いたところにエメラルドパークはある。
エメラルドパークは園内がエメラルドのような緑っぽい色に塗装されている大きな遊園地である。中には乗り物の他に小さな水族館や実際に結婚式が行われる教会などもある。
二人が遊園地の前に到着したのは12時前だった。
「チケット買ってくるからここで待ってて。」
「分かった。」
幸治は瑠璃を入り口前に待たせて一人入り口の横にある券売機に走った。一人待たされた瑠璃は空を見上げていた。ずっと変わらない曇空。何か嫌な予感がする…そう感じとっていた。
券売機の前にきた幸治はお金を入れて高校生のチケットを二枚買った。瑠璃の分は必要ないのかもしれなかったが、幸治は今日だけは瑠璃を生きていると信じたかったのだ。チケットをとると瑠璃のところに戻った。
「はい、高校生一枚ね。」
入り口でチケットを渡したときに言われた一言は、幸治の心に衝撃が走った。{やっぱりもう瑠璃とのお別れが近付いているんだ}と改めて感じてしまった。
エメラルドパークは最悪の天候にも関わらず、大勢のひとで賑わっていた。
「今日は瑠璃の好きな乗り物乗ろう。」
幸治は瑠璃に明るい声で言った。
「ぇ いいの?それじゃあ、まずは…あれ!」
そういって瑠璃はジェットコースターを指差した。
「いきなり絶叫かよ。」
幸治は苦笑した。その時、瑠璃が絶叫マシーン好きだったことを思い出した。

中学生の時。
二人が付き合い始めて少ししたころ、二人はデートでエメラルドパークにきたのだ。その時も一番初めに乗ったのはジェットコースターだった。当時、幸治は絶叫系が大の苦手だった。瑠璃に言われるがままに乗ることになってしまったのだが、ジェットコースターに乗って数分、一番高いところに到着したとき幸治は目を瞑っていた。そして乗り終わった後、へとへとになった幸治はベンチに座り込んで動けなかった。
「男の子でしょ!」
瑠璃は笑っていた。

「いいじゃんジェットコースター好きなんだもん。」
幸治は瑠璃に手をひかれ、渋々ジェットコースター乗り場に行くことにした。
ジェットコースターは昼時で悪天候ということもあり人が少なかった。幸治と瑠璃が並んだ列はすぐに人がいなくなり、すぐに順番は回ってきた。一つ前のグループが二人の前までで、後ろには親子が一組しかいなかったため幸治は先頭列の座席に座った。後ろの列に親子が座ったためちょうど隣の席は空いた。
「幸治の隣空いたね。」
そういって瑠璃は幸治の隣の席に座った。
「あぁ、なんとかな。」
「みんなお昼の時間だしね。」
「そういや腹減ったな…。」
二人は会話が弾んでいた。と、その時。

「お兄ちゃん。誰とはなしてるの?」

幸治が顔だけ振りかえると斜め後ろに座っていた小学生くらいの女の子が不思議そうな顔をして見つめていた。
幸治は反応に困った。瑠璃も困った表情をしている。
「ねぇ?」
更に女の子は問いかける。
「静流!駄目でしょう…。ごめんなさいねぇ。」
女の子の母親らしき人が女の子の言葉を遮った。
「いえ…。」
二人の緊張がほぐれた。
「だってー。」
まだ女の子は何か納得出来ない様子だったが、母親は何度も何度も女の子を静かにさせようとした。
「静流、あとでパフェ食べようか。」
「うん!食べる!」
という会話を最後に静流という女の子の頭から幸治の存在は消えていた。
『まもなく出発します。』
ブザーがなるとジェットコースターはカタカタと静かに音を立てて前進した。

数分後、幸治は案の定、近くのベンチに座り込んでいた。
「ジェットコースターなんて誰がつくったんだ。」
「男でしょ!しっかりしなさい。」
瑠璃は何がそんなに嬉しいのか、嬉しそうだった。
「勘弁してくれって。」
「あっ!あれ食べよ。」
そういった瑠璃の目線の先には人が列を作っているホットドックの店があった。
「ちょ…待って。」
「ちょっと。だからしっかりしなさいってば。」
まだ潰れている幸治の手を引っ張ると起き上がらせた。
「分かったよ。ちょっと待ってて。買ってくる。」
そういって幸治は店の方に走っていった。
「行ってらっしゃーい。」
瑠璃はそんな幸治の後ろ姿を見て、視線を自分の手に落とした。手が少し薄くなってきている。『もう時間が少ししかない』瑠璃はそう悟った。

しばらくして両手にホットドックを持った幸治が戻ってきた。
「お待たせ。」
片方を瑠璃に渡した。
「ありがとう。」
二人はベンチにならんですわるとホットドックを一口食べた。
「美味しい~。」

ホットドックを食べ終わると二人は色々な乗り物に回った。
コーヒーカップ、観覧車、メリーゴーランド、ゴーカート……など瑠璃は手当たり次第にあれこれ言って、幸治はついていった。
色々と回り終えた時、時間は午後4時を回っていた。園内の人数は昼ごろに比べ減っていた。
「次は何にする?」
「じゃあ、次は…。」
その時、瑠璃の言葉を拒むかのように閃光が辺り一面に光った。そして大きな音が響いた。
ゴロゴロゴロ…。
突然、雨が物凄い勢いで降り始めた。
とっさに幸治は瑠璃の手をとると近くの屋根があるところを探して走った。ちょうど教会の近くにいたので教会の入り口に入った。
三人は教室の前に到着した。幸治はいつもとは違う雰囲気を察知しつつも扉に手をかけ開いた。
ガラガラガラ…
相変わらず鈍い音を立てて扉が開いた。その瞬間、一斉に生徒たちの視線が教室の中に入ってきた幸治と隆哉に降り注いだ。その時、幸治はその『いつもとは違う雰囲気』の正体が分かった。

教室の中の空気が重い。

いつもなら集団でばか騒ぎしている男子集団。椅子と化してしまった机に平気で座り大声で喋りながらメイクやら髪型やら気にしている女子。ただ静かに読書や勉強をこなしているエリート集団。と各々に好きかってやっている活気に満ちた(後者はどうか分からないが)空気が漂っている。
だが、今は少しもその気配は感じられずただどんよりとしていた。
幸治にも隆哉にも、もちろん瑠璃にもその理由は分かっていた。
「おはよう。」
幸治と隆哉はそう呟くと自分の席に鞄を置いた。
幸治のちょうど左となりの席の上には花瓶がおかれていてそこには一輪の花が沿えられていた。そうそこは瑠璃が座っていた席。
瑠璃はその花を見つめながら自分の席へと座った。その様子を見ていた幸治には瑠璃が寂しそうに見えた。
『お花のように強くいきなさい。』
花を見つめながら瑠璃はゆっくり静かに呟いた。

小学6年生の時、瑠璃は一部のクラスメイトから酷い仕打を受けていた。
昔から大人っぽく、正義感の強い子どもだった瑠璃は間違ったことをしているひとがいたら迷わず注意をしていた。大人からみたら偉い子だと思われるかもしれないが、同い年からするとただのうっとしい的である。
案の定、瑠璃は仲間からはずされ一人でいることが多かった。幸治はただみていることしか出来なかった。
瑠璃は花が大好きでいつも学校の花壇に種を植えたり、水をやったりしていた。『ひとりぼっち』なんて考えたことなくただ一人で楽しそうに。幸治は何度かそんな様子を物陰から見ていた。
ある日のこと、瑠璃が学校に登校して花壇をみにいった。だが、花壇に到着したとき瑠璃の顔から笑顔が消えた。花壇いっぱいに咲いていた花が誰かによって踏まれ、へしゃげてしまっていた。
瑠璃は花壇に走りよった。
「なんで…。」
地面に膝まづくと瑠璃は涙を落としながらなきはじめた。まるで大切な親友をなくしたかのように絶望した。
と、その時、瑠璃の背後から足音が近付いてきた。
「瑠璃…?」
振り返るとそこには幸治が立っていた。
「幸ちゃん…。」
瑠璃は涙を袖で拭った。
「どうかした?」
「ううん、何でもないよ。」
心配気に見つめる幸治に瑠璃は笑顔を見せた。
「何でもないって…その花壇。」
幸治は花壇を指差していった。
「あぁ…枯れちゃった。水やるの忘れちゃってたからなぁ。」
瑠璃笑いながら嘘をついた。幸治は真剣な眼差しだった。
「嘘だろ。水やるの忘れてたって。昨日も一昨日もその前も毎日、花に水やってただろ。」
瑠璃は驚いた。
「な、なんで知ってるの?」
幸治は呟くような声で返した。
「もう我慢しなくていいから。」
その言葉を聞いた瞬間に瑠璃の目から一気に涙が溢れた。
「あいつらだろ…やったの。いつも瑠璃を仲間外れにしてたもんな。」
瑠璃はなにも答えない。ただうつ向いて言葉をなくしていた。幸治は花壇の前に屈むと荒れている花畑を見つめた。
「おい、見てみろよ。」
幸治が指差している所を瑠璃は見てみるとその殺風景な花壇の端で一厘の花が静かにさいていた。
「あ…。」
とっさに瑠璃の口から言葉がもれた。
「こんなに荒れてる中で一人になってもさきつづけてるんだぜ。凄くないか?」
幸治は笑顔を見せた。そして、瑠璃の頭に手をのせると、
「このお花のように強く生きなさい。」
そういって『授業始まるぞ。』といい残して校舎の方へ去っていった。その後ろ姿を見つめる瑠璃の顔は少し赤くなっていた。


そんな昔の事を思い出しつつ瑠璃が机に置いてある花を見つめていると教室の前のドアが開いた。
担任の横河は静かに入ってくると出席簿を教卓に置くといつものポーズで立った。
「皆はもうしっていると思うが…」

朝のHRは瑠璃の事だけで終わった。


今日は土曜日だったため授業は午前中で終わった。といっても瑠璃の事で気が重いらしくどの授業もただ暗い授業に終わった。
下校道。
途中まで一緒だった隆哉と別れ、幸治と瑠璃は二人ならんで帰っていた。
「やっぱり私のことは誰も…見えてないんだ。」
瑠璃は悲しそうな目をした。
「うん…。」
「…そうだよね。私、しんじゃったしね。」
「瑠璃…。」
気まずい空気が流れた。なんとか幸治はこの空気を変えようと、話題を変えた。
「瑠璃、朝花見ながらいってたのって…。」
「えっ。あぁ覚えてる?小学生の時に幸が教えてくれたんだよ。」
瑠璃に笑顔が戻った。
「そんなこともあったっけな…。昔の事は忘れたよ。」
「もう!幸の意地悪!」
二人はただ無邪気に笑っていた。その時、幸治は例の声の事を思い出した。【期限は二日。】そう明日には瑠璃と別れなければならない。幸治の脳裏では『もっと、いやずっとこのままの状態が続けばいいのに』と思っていた。
「幸、どうしたの?ボーとして。」
「いや、何でもないよ!」
幸治は笑った。そして、決心した。
「瑠璃、明日、遊園地行こう。瑠璃がいつも行きたいって行ってたあの遊園地。」
突然の事に瑠璃は驚いた。
「どうしたの急に?」
「最後に瑠璃と思い出つくりたいし、そこで聞いてほしいはなしがあるから!」
幸治は真剣な眼差しで瑠璃を見つめた。
「…分かった。最後のデートしよ。」
瑠璃は緊張しながら答えた。
幸治が家の扉を開けると莉音が静かに立っていた。
「お兄ちゃん、こんな朝早くにどこ行ってたの?」
瑠璃の事で幸治が昨晩落ち込んでいた事を気遣ってか、いつもより言葉が優しく、弱かった。
「ゴメンゴメン。ちょっと散歩だよ。」
幸治は改めて瑠璃の姿が自分以外に見えないことを知った。すぐとなりに瑠璃がいるのに。
幸治は靴を脱ぐと家の中に入っていった。と、その時、莉音が泣きそうな声で言った。
「お兄ちゃんはどこかに行っちゃわないよね!」
幸治が振り返ると莉音が涙目で幸治を見つめていた。
「当たり前だろ。」
そういって幸治は莉音を抱きしめた。
「お兄ちゃん…。」
莉音は静かに目を閉じて、「うん。」と頷いた。
玄関先でその様子を見ていた瑠璃はそっと笑顔を見せていた。それに気付いた幸治は莉音を抱きしめたまま照れ隠しに笑った。
「さっ飯にしようぜ。学校遅れるぞ。」
「うん。」
そういって三人は奥に入っていった。



登校道。
莉音と一緒だったが、途中からは方向が違うので「じゃあまた」と別れた。
幸治と瑠璃は二人並んで、何も喋らずただ歩いていた。幸治は{気まずい…}と何を話していいかわからなかった。
「莉音ちゃん、いい子だよね。」
瑠璃が突然、沈黙を破った。
「そうかなぁ…。」
「そうだよ!いいなぁ、幸はあんな妹が居て。」
幸治は瑠璃が一人っ子だと言うことを思い出した。
「瑠璃ね…ずっと妹とか弟に憧れてたから。って高2にもなって何いってんだろうね!」
「そういや瑠璃、幼稚園の時の七夕の日にクラスの笹に[妹か弟ほしい]って書いてたよな」
幸治は古い記憶を思い出しながら笑った。
「そうだよ。そしたら幸がきて、『何だよそれ』って冷やかしにきて喧嘩になったよね。」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ。冷やかした割には幸の願い事なんか[仮面ライダーなれますように]って。もう笑っちゃうしかなかった!」
「そんな昔の事忘れたな。」
「あっ!ひっどーい。そういえば、幸、そのあとにもう一枚たんざく書いてなかった?」
「さぁそうだっけ?」
幸治は笑いながら答えた。実は全部覚えていた。

幼稚園の時の七夕。二人がもめたあと幸治は先生にもう一枚たんざくをもらった。先生には「幸治君はまだ願い事あるのかな?」と聞かれて、「うん。」と答えたのを覚えている。
幸治はそのたんざくに【るりちゃんとけっこんできますように】と書いた。その時はまだ小さい頃からの仲良しという意識しかなかったはずだったのだが、その言葉には瑠璃の一人っ子の寂しさを受け取って、兄弟みたいに仲良く一緒にいてあげたいという幼稚園児の意識が詰まっていた。

「幸 何て書いたの?教えてよー!」
瑠璃は無邪気に笑って幸治の肩を叩いた。
「だから忘れたって。覚えてても絶対に教えねぇけどな。」
「なにそれ!」
二人に笑いがたえることはなかった。

しばらく歩いていると後ろから声がした。
「幸ちゃん!」
二人が振り返るとそこには隆哉が立っていた。
(隆君…。)
さっきまで明るかった瑠璃の表情が少し暗くなった。それに気付いた幸治は改めて瑠璃がしんでしまったことを悟った。
「隆。おはよう。」
「幸ちゃん…昨日のニュー…。」
隆哉は普段とはまったく正反対だった。いつもはしゃぎまわっているのに今はただ暗く、しょんぼりとした様子だった。
「あぁ…瑠璃の事だろ…。」
「幸ちゃん………俺、夢見てるのかな。ルッキが…ルッキが…。」
隆哉は涙を流した。
(隆君…。)
瑠璃は顔を手で覆った。
「隆…。」
「なぁ幸ちゃん、全部夢だよな!夢なんだよな!ルッキが事故にあったのも、いや…引っ越していったのだっ…」
正気でない様子の隆哉は泣きながらただ幸治に訴えかけていた。
「おい!隆!」
幸治は隆哉の両肩をつかんだ。
「夢なんかじゃない…。瑠璃は本当に…死んだんだ。」
力なく幸治は言った。隆哉はそんな幸治の様子を見て、一番悲しいのは誰より幸治なのだと悟った。
「幸ちゃんはやっぱ強いな…。一番辛いの幸ちゃんなのにな。」
隆哉は目に溜った涙を拭った。
「辛いよ。だって、瑠璃を守ってやれなかった…。本当、最低だ。でもな、いつまでも泣いてたら瑠璃は…どう思うだろうって。」
(幸…。)
「幸ちゃん…。」
「だから最後はさ笑顔で見送ってやろう。そっちの方が瑠璃は安心するはずだからさ。」
幸治は隆哉の肩を叩くと笑顔を見せた。
「分かった。」
隆哉は少し元気を取り戻したようだった。側に静かに立っていた瑠璃が「ありがとう…。幸。」といっている声が幸治の耳に届いた。