昨日は、ADHD(注意欠陥性多動症候群)についての
記事を書いた後、
ADHDについての本を読みました。
(ま、そういう行動の速さが
ADHDの特徴でもあるのですが・・・)
で、読んで
落ち込みました。
「普通」の人、定常発達者に対して
生活に必要な能力が未成熟という、
「発達障害」である、自分。
生まれながらにして
「普通」の人が出来ることができないがために
普通の人に迷惑をかけ続けてきたであろう自分・・・。
その本を読む前に、
- だいじょうぶ3組 (講談社文庫)/講談社
- ¥600
- Amazon.co.jp
この本を読んでいたので、
乙武さんってほんとに強いなぁ、
と
さらに自分の自信がなくなる・・・。
という、
落ち込みスパイラルに。
(なお、
「だいじょうぶ3組」良かったです。
乙武さんの実体験をもとに
小説の形で書かれているのですが、
小説の中ではハッピーエンドになっているところが
実際には「そうは上手くいかなかった」こともある、と
あとがきの対談(国分太一さんと)にあって、
さらに「乙武さん強い!」と思いました。)
そして、
落ち込んだ直後の昨晩、
突然
「ほら、あなたには生活能力が欠けている!」と
私を訴えるような出来事が起こりました。
普段は、そんなこと起こらないのに。
ドキッとして、ハッとしました。
自分に対するイメージどおりの出来事、
「私は、『普通の』人に迷惑をかけている。
私には『普通の』生活能力がない」という
現実が起こっている!!
しまった、
「レッテル」何か欲しさに
望みもしないレッテルを貼ってしまった。
ブンブン、首を横に振って
自分のイメージを見つめなおしました。
確かに、遺伝的形質で
ADHDではあるだろう。
でも、それと
『普通の』生活能力のあるなし、
『普通の』人に迷惑をかけるかどうかは、別のことだ。
そもそも「普通」って、なんだ?
何がどこまでできたら普通だ?
いくら持っていたら、身長何センチで体重何キロだったら普通だ?
100メートル何秒で走れたら普通だ?
ストレス耐性が普通かどうかの普通って、どういう基準なんだ?
『普通』なんて、ないじゃん。そもそも。
だから、
『普通の』生活能力、『普通の』人に迷惑をかける、という出来事は
存在しないじゃん。
危ない危ない、
また、つい幻の『普通の人』を作り上げていた。
(でも、ある一部の生活能力が欠けていて、
ある一部の人に迷惑をかけているのは確か。
そこは謝る。ごめん~。)
というか、これって
「迷惑って、何?」ってことでもあるね。
まぁそれは長くなりそうなのではしょるとして。
それにしても、
引き寄せって、すごい。
あっという間に、自分のイメージどおりの現実を創造する。
そのスピードも、すごい(だってイメージして4時間後くらいだったもの)。
引き寄せって、本当にあるんだ!と
実感しました。
ええ、白状しますが
今まで、引き寄せってあるよってどれだけ聞いても
信用してなかったんです。
望んでいたこと、全然起こらないじゃん、って。
でも、これで分かった。
実際に引き寄せられて起こるのは
『感情を伴ったイメージ』だ。
どの情報に触れるか、って
ほんとに大事だ。
温かく、可能性を秘めて
自分を肯定して動かす感情を引き起こす情報と
接するのが大事。
そういう情報と接するには、
まず自分が
温かく、可能性を秘めて、自分を肯定して動かす
波動を持っていることが大事。
「だいじょうぶ3組」は
その点OKです。
安心して読んでね。
私も、気持ち直しに読み直そ。
- だいじょうぶ3組 (講談社文庫)/講談社
- ¥600
- Amazon.co.jp