銀色夏生さんの新刊で、トークライブを文章化した、
「今、この瞬間だけに生きよう」を読みました。
スピリチュアルなテーマで、ヒーラーの方お2人と作家の銀色さんの3人がお客さんの前でお話しされているのですが、
そのメンバーのバランスがいい。
世の中の分子が、固体から液体、気体までいろんな形で存在しているとしたら、
気体のヒーラーさん、固体のお客さんたち、
そして中を取り持つ液体の銀色さんのバランスがとてもいい感じ。

同じ水の分子でも、
氷と水蒸気は全く違う物に見えるし、
氷から直接水蒸気になったり、水蒸気がいきなり氷に固化するのは、ものすごいエネルギーが要るし、ショックがかかる。
水分子文化圏の人たちが氷から水蒸気までを理解したいと思っていても、
そこまでのエネルギーがなくそこまでのショックに耐えたくないと思った時、
液体という過程を踏むことで、一時融解する形でも、
他の形態を理解しやすくなる。

同じ「水文化圏」で、他の形態を擬似経験するというのは、
同じ現象を違う視点から、同じ価値観で見ることができるということ。
例えば、私がこの本を読んでいて「なるほど!」と思ったのは、
『相手の考えを察して、全て叶えてあげたら人間関係は決して上手くいかない』という話。
そういう行為は愛ではなくただのギブアンドテイクなので、ただのパシリになるだけ、と話は続くのですが、
「相手の考えを察する人」は放っておくとどんどん「上手くいかないのは、自分がもっと察してあげないといけないからだ」になるので、
こういう違う視点からのお話はとても大切。
ただ、この話は
「人はそれぞれ好きなことをしているのが幸せで、人が好きなことを出来るように協力するのが社会だ」という価値観の人同士だから有効で、
もし「誰かの理想のために集中することが幸せ」という価値観の人がいれば
「パシリになれて幸せでしょ?」となるし、
その価値観の文化圏では、それが真理になる。

世の中は、「水文化圏の気体から固体まで」「鉄文化圏の液体から固体まで」「炭素文化圏の固体」というように、
価値観の種類と、その価値観で行動して生み出される生産物の形態によって
文化圏が作られていると思う。
この時、生産物の形態の違いはあまり問題ではなくて、
価値観の違いが決定的なこととなる。
同じ豆腐屋さんでも、
価値観が違って文化圏が違うし、
弁護士と八百屋と主婦と会社員と学生が
同じ文化圏ということもある。

という訳で、多分この本は
「人はそれぞれ好きなことをして暮らしていけるし、そうやって暮らしていけるようにバランスを取ることが大切」
と思う人たち向けで、
自分はその文化圏の固体か、液体か、気体か?と確認しながら読める本。
違う価値観の意見は人の役には立たないが(間違っているのではなくて、ある特定の文化圏でしか役には立たないということ)、
違う形態の意見は、とっても役に立ちます。