「テストは何の為にあるのか?」

私が度々子供達に尋ねる問いです。

驚くことに殆どの子ども達が一様な答えを発します。

「テストは自分の実力を知る為に行われる。」と。

そして、殆どの子がテストは嫌いです。

私も試験は嫌でした。好きな学科であってもテストは違います。

土壇場まで追い詰められて徹夜をし、

ちっとも身につかなかった苦い経験も幾度となくあります。


勿論、子ども達も重々解っているのです。

もっと計画性を持って毎日少しずつやらないといけないことも、

勉強している格好だけではダメな事も。

それでも、自我が芽生え始めた子ども達にとって、

「~までに△△します。」=「強制」させられて、

点数という評価を有無に関わらず付けられることは、かなり面白くない事でしょう。

もちろん、良い評価であれば自信や達成感につながりモチベーションも上がるのでが…。

でも、子どもであれ、大人であれ、自分にとって好ましくない評価は辛いもの。

大人であれば、折角の忠告であっても、その方と距離を置きたくなるやも知れません。

それなのに子ども達は、そうはいかない。

「やったのに、結果は自分にとってちっとも良い評価じゃない。

だから、もうやらない。」

わけにも、「あの先生とは(あの問題とは)、

相性が合わないから当たったら運が悪いだけ。」でも済みません。


テストの意義は大きい。テストから学ぶことは、たくさんあります。

生まれてから、衣食住の何もかもを守られ、受身であった子ども達が知識において、

「あれは何?」「なぜ?」と能動的に関心を持ち始めたことを思い出してください。

「勉強は教えてもらうもの。」という意識は受身ですから、

この意識が定着すると教えてもらったものを受け入れるという学習態度が

先行するようになります。

これでは、教えてくれる人や、

教えてくれる場所(学校・塾・予備校)がないと思うように勉強できませんし、

もし、人や場所があったとしても、聞く態度が消極的(聞かされる)では、

教えてもらった半分も吸収できません。

勉強は教えてもらうものではなく、あくまでも「学びとる」ものです。

自分から進んで掴み取る積極的な姿勢が正しいのです。

学校も学校があるから行くのではなく、

こういう目的でこういうことを学ぶ為に行くのだ、

というように主体は学校ではなくて、

自分自身であるという主体性をもった考え方が正しいのです。


まだまだ、自立におぼつかない子ども達であるからこそ、

あれをしてみたい、これは嫌だと様々なことが、受身の中で自我の確立を試みます。

でも、その中で、唯一主体的に考え、行動できる空間と時間が勉強だ。

といっても過言ではありません。


テストに向け主体的に動くとは、まず、自らが目標を定めることから始まります。

次のテストで数学は何点取ろう!学年で何番以内に入ろう!

そして、今日までの自分を素直に省みてテストまでの計画

(一週間単位、一日単位のタイムスケジュール)を立てます。

計画を立てたその日から、誠実にコツコツ勉強します。

一日の終わりは達成感を持って、先延ばしはしません。

最後の週は総まとめに入ります。そしてテストを迎えます。

テストが終われば、何が出来て何が出来なかったか。

計画の何処が或いは意思のどこが甘かったか検証し、次のテストの準備に入ります。


お解りですか?目新しいことは言っていません。

テストに挑むにつけ必要なこと。

① 能動的な主体性

② 目標を自らが定め、目標を成功させる気構え

③ コツコツ続ける忍耐力と誠実性

④ 総まとめに必要な整理能力と注意深さ

⑤ 諦めない、折れない心


これらは、自立に欠かせない最も大切なこと。

社会で必要とされる大人になる為に当たり前とされている条件です。

あなたが「頑張ってるから良いじゃん!」と自分で自分を評価するのではなく、

社会があなたの頑張りを評価し、あなたを必要とし、

その要望に応えられることがあなたの喜びにもやりがいにもなって下さい。


“人に必要とされたい。” この種は全ての人の心の中にあります。

でもそれを実現し続けることはとても難しい。

だからこそ学生という長い期間、このための力を付ける為に守られながら、

何度でも挑戦出来る様にテストはあるのです。だから、決して諦めないで下さい。

ある人はすぐ目標に辿り着き、自分は遅々として進まないように感じるかもしれません。

でも、人と到達した速さを競うものではありません。

また、スポーツも芸術もあらゆることから、

人の深みは増して行きますが勉強と勉強以外のことが逆転しないように。

「あの人は仕事も出来るけど、○○も出来る。」と、言われる人としての厚みは素敵です。

だからこそ、基本はキチンと出きるように。学生の基本は勉強です。


あなたの笑顔が見たいから

一緒に音楽を聴いたり

絵を描いたり

テニスをしたり

ケーキを食べたりする

あなたの笑顔を思い浮かべる

それでもラピスを選んだ

一番見たかったのは

あなたが、あなたの足で、あなたの目標に

辿り着いた時の笑顔だから。

それまで、あなたとともに歩いていく

あなたの心が折れぬよう

しっかりあなたをサポートしながら…。



ウサギ2010年4月 通信~ニュースレター~ウサギ

「本人のヤル気がなければダメですよね…。」

時折、面談の中でお伺いする言葉です。

確かにヤル気があれば吸収力も伸びも違うなぁ、と感じる場面は多々あります。


では、ヤル気はどうやって生まれるのでしょうか?

幼子が「大きくなったらお嫁さんになる!」=「皆、歳を取れば自動的に結婚している。」

という思いが微笑ましいのは、

万人に時は降り注いでも自動的に誰もが結婚しているとは限らないことを知っているからです。

人は、言語も社会性もその土壌となる環境に種を植え付けなければ育ちません。

同じように、人は体が大きくなっても心は、心こそ種を大切に植え付けなければ、

自然にヤル気が芽吹くものではありません。

土壌が環境(時代・文化・風土・家庭・社会・常識etc)であり、

種は「憧れ」です。

私たちが当たり前と思って、気付かずにいることは沢山あります。


今でも、文字の無い国があり、海を知らない人達がいます。

私達にも単語でしか知らない事が多々あります。

多くの日本人が今や『戦争』を知らないし、食料の『飢え』を知りません。

まして、単語によるイメージも乏しい幼い人には、将来こうなりたい、

という憧れをたくさんたくさん見せてあげなければ意欲(ヤル気)は湧き出してこない。

上記の「お嫁さんになる!」は、

大好きなお母さんや綺麗な花嫁姿のお姉さんが忘れられなかったのかもしれません。

だから、憧れとなる対象があってこそ生まれたセリフです。

それでも種を植えたら、後はスクスク伸びるものではありません。

より良く土を耕し、水を加減し光をあて、台風の時には囲い、

必要に応じて葉を間引き、その節々で適切な手当てを施さなければ、

しっかりと根を張り太い茎は出来ません。


ひとりの人の成長には沢山の人が携わり、

手をかけて行われ、その過程で人は憧れに向かって意欲を燃やし大人へと成長します。

でも、その芽は親が望む時期に芽吹かないかもしれない。

まだ憧れに出会わなかった子、夢が見えない子であっても、

大人は子どもを大人にしていかねばなりません。

子どもはいずれ、社会へと大人になって巣立たなければならない。

子どもとは「与えられる側」で、大人は「与える側」です。

誰かに、大切な人に、会社に、社会に与える力を持ち、自分が必要とされること。

自分が与えることが、誰かを幸せにし社会に貢献する。

そのことが自分の幸せでもあると行動するのが『大人』です。

これは理想論ではないのです。憧れや夢を持った子どもの方が

『大人』になりなすいでしょう。


でも、どんな子であっても、

その過程で紆余曲折し自分に疑問を抱き自己否定を繰り返しながら成長して

『大人』になっていかねばなりません。

その過程を見守り適切な時期に社会にお返しするまでが子育てです。

そして、これは沢山の子達と巡り会えた私の確信ですが、「

人は自分の為以上に、大好きな人に(親に)喜んでもらう事、

笑顔をもらう事が何より自分の喜びであると、先天的に知っている。」というものです。

つまり自分が将来困らない為では、なかなか意欲は湧きにくい…。


いつか〇〇になったらどれだけの人の笑顔が見れるだろう、と思うほうが、

□□ってカッコイイよりも、もっともっと心楽しくワクワクするはずです。

憧れは遠いヒーローではなく、ごく身近にいる大人から始まります。

ワクワクの種をたくさんたくさん植えていきましょう。

春、芽吹きも間近です。






ウサギ2010年3月 通信~ニュースレター~ウサギ

金木犀の薫りが漂い始めました。

秋たけなわのこの頃いかがお過ごしですか?

小・中学生は体育祭、合唱コン、高校生は学園祭等イベントも盛り沢山。

そして、息つく暇もなく中間テストも迫ってきます。

こんな時だからこそ、体調管理は万全に。インフルエンザも猛威を振るっています。

また、生活のリズムをすぐ戻せるよう、スケジュール調整も重要です。

振替も増えてきていますが、決して、テスト週間に貯めて振り替えてはいけません。

余裕が無さ過ぎです。

テスト週間は付け焼き刃の様にテスト範囲を勉強するものでは有りません。

普段から積み重ねた演習の中で、どうしても間違いやすい所、

自信が無い所をチェックして、万全で挑む調整の期間です。

ましてや学校の課題がまだやり切れていないなどは言語道断。

それはいつもの勉強の仕方(予習、復習)が軌道にのっていないからかもしれません。

日常を総チェックし直しましょう。


基本的に中学校の授業カリキュラムは1教科、1単元につき予習1時間。

学校授業で確認し、復習30分。の学習で理解出来るとみなし組まれています。

数学(英語)が週4時限あるとしたら、それぞれに6時間/週。

勉強時間を確保しなければなりません。

これが5教科ありますから、約30時間/週。


1日に最低でも3時間強(土、日も含む)勉強しなければ間に合いません。

(理解度、到達度はむろん個人差があります。)

それをやっていても解らない、出来ない。

(ポイントが掴めていないかもしれません。)

予定どおりにいかない。

(優先順位、スケジュールの立て方、自分の弱点・強みがまだ掴めていないのでは?)

毎日は継続できない。あるいは、学校以上の深いところまで学びたい…。

それぞれの目標を目指して、いかに自立学習を軌道に乗せるか。

リードしサポートするために塾はあります。

ラピスに来る子達の平均は週2~3回(受験生は除く)です。

時間にして200分~300分。

それは必要とされる勉強時間の5分の1にもみたない。

大半はやはり家庭学習に委ねる事になります。

それを、いかに持続させ、

自信を持たせながら、

自立学習へと導いていくかの為に、

それぞれの調子、

成長を見計らいながら、

宿題という形で調整します。

ですから、宿題はやってこないといけない。

殆どの子に毎回今日の宿題の意味を説明し、

やってこれるか、の確認と約束をします。約束は守りましょう。

子ども達は勉強ということを通して知識のみならず、

達成感の喜び、あきらめない気持ち。

忍耐力、集中力、判断力、社会のモラル、信頼、誠実など、

生きていく上で大切な様々なことを身に付けなければなりません。

偏差値さえ高ければそれで良し。と、ラピスは決して思いません。

だから、おざなりにやってきた宿題は何故、

真摯にやれなかったのかを聞き話し合っています。

ただ、時には、いつものように教室で解説してから演習。あるいは、

演習中わからない所の解説。間違えの説明。

復習が宿題ではなく、予習に宿題を出す場合もあります。

単語や漢字を調べる。社会の解説を読んでくる。の他に、

例題、確認問題まで出す時があります。

その場合、私達はその子の読解力、想像力、丁寧さを見たいと思っています。

そして、どこまでは一人でできたのか、

どこがわからなかったのか、

どこで間違えたのかを教えてもらいたい。

そこを詳しく解説すると共に、粘れた事を大いに誉めてあげたいからです。

これも自立学習のための予行演習とみなしています。

ですから、もし、「習ってない所が出た、宿題やらないといけないから教えて。」

と言われるときがあっても、

どうぞ教えずに粘った所までで提出させて下さい。

ただし、予習はマレです。

大半は2回3回とこちらでやった範囲を宿題に出しています。

そして、それでも宿題の問題が解らなくなった時、

自分で調べる事が出来るようにテキストに直接ではなく、ノートに書かせています。

算数・数学なら式を書く事を必須にし、

間違えは消さずに「赤」で直し、自分が何処を間違えたか確認出来るようにしています。「急がば回れ。」なのですが、あせって、答えだけ書く子。

書きなぐった自分の字を読み違えて間違える子。

ノートの装飾に凝る子など何回言っても直ぐには定着しなくても続けていきます。

ノートは宝です。

ノートを見ればその子がどれだけ真摯に学ぼうとしたかが伺えます。

もし、お時間があれば出来るだけお子様のノートを見てあげて下さい。

そして、せめて1年分のノートは捨てずに棚に並べて下さい。

何十冊にもなるノートをどうか誉めてあげてください。

それは、蓄積という目に見える形での自信に繋がります。

また自分のノートを見て、忘れていて出来なかったところを確認する。

宿題はここまでだけど、その前やったところがもう一度出来るか、

自分で自分に突っ込んでみることが自立学習には必要です。

宿題は、「やれば良い」ではなく、2~3回学習した所の復習だから、

出来るようにしてくる。粘って、粘ってそれでも解らないとき、もう一度教えてもらう。

そしてこんどこそ理解が定着したかどうか類題をやってみる。

という自主性が無ければ、いつまでたっても自立学習は出来ません。

これは、どうしても中2までに身に付けて欲しい。

なぜなら、受験期、高校での勉強は科目、量も増え、

傾向と対策の組み立ても含め本当に難しくなるので、

独りでは何時間解説を読んでも解けない問題が多々出てくるのです。

それまでに勉強の仕方を身につけ、

学習したことは定着するよう家庭学習を充実させましょう。


もちろん、ラピスは、どの時期をとっても心が折れぬよう、

ヤル気を克己出来るよう、今までにも増して万全の体制で指導させていただきます。

それでも、私達は、教室以外での子ども達の様子を宿題の出来や、

教室でしか推し量る事が出来ません。

特に目標が定まっていない低学年の子は家庭学習を定着させる事は大変な事です。

今日は気分が乗らず、「解らない。」が連発かもしれません。

既にやった学習も忘れてしまっていてノートも振り返らない。

それともお母様と一緒にやりたい日かもしれません。

お子様の「解らない。」には、いろいろな意味合いが伺えます。

それはお母様が一番ご存知のことでしょう。

どうかその様子を私達に折に触れ教えてください。

出来るだけ詳しく子ども達の状況を知り、

子ども達の心に添って克己させたいと思っています。


その為に、もっと保護者の方達と密に連絡が取れるよう

私個人のラピス用携帯を用意致しました。お子様の様子、

お気づきの点、ご相談などありましたら、気軽に御連絡下さい。

宜しくお願い致します。





お詫び


今月に入り、塾生の喫煙を見かけたという情報を保護者の方から頂き、とても遺憾です。

未成年者の喫煙は禁じられています。

ラピスではこれを重責とみなし、喫煙者には厳重な注意をすると共に、

今後このようなことが発覚した場合、処罰もしくは、退塾勧告に致します。

保護者の皆様には御不安と御不快をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした。

深くお詫び申し上げます。




ウサギ2009年9月 通信~ニュースレター~ウサギ