「本人のヤル気がなければダメですよね…。」
時折、面談の中でお伺いする言葉です。
確かにヤル気があれば吸収力も伸びも違うなぁ、と感じる場面は多々あります。
では、ヤル気はどうやって生まれるのでしょうか?
幼子が「大きくなったらお嫁さんになる!」=「皆、歳を取れば自動的に結婚している。」
という思いが微笑ましいのは、
万人に時は降り注いでも自動的に誰もが結婚しているとは限らないことを知っているからです。
人は、言語も社会性もその土壌となる環境に種を植え付けなければ育ちません。
同じように、人は体が大きくなっても心は、心こそ種を大切に植え付けなければ、
自然にヤル気が芽吹くものではありません。
土壌が環境(時代・文化・風土・家庭・社会・常識etc)であり、
種は「憧れ」です。
私たちが当たり前と思って、気付かずにいることは沢山あります。
今でも、文字の無い国があり、海を知らない人達がいます。
私達にも単語でしか知らない事が多々あります。
多くの日本人が今や『戦争』を知らないし、食料の『飢え』を知りません。
まして、単語によるイメージも乏しい幼い人には、将来こうなりたい、
という憧れをたくさんたくさん見せてあげなければ意欲(ヤル気)は湧き出してこない。
上記の「お嫁さんになる!」は、
大好きなお母さんや綺麗な花嫁姿のお姉さんが忘れられなかったのかもしれません。
だから、憧れとなる対象があってこそ生まれたセリフです。
それでも種を植えたら、後はスクスク伸びるものではありません。
より良く土を耕し、水を加減し光をあて、台風の時には囲い、
必要に応じて葉を間引き、その節々で適切な手当てを施さなければ、
しっかりと根を張り太い茎は出来ません。
ひとりの人の成長には沢山の人が携わり、
手をかけて行われ、その過程で人は憧れに向かって意欲を燃やし大人へと成長します。
でも、その芽は親が望む時期に芽吹かないかもしれない。
まだ憧れに出会わなかった子、夢が見えない子であっても、
大人は子どもを大人にしていかねばなりません。
子どもはいずれ、社会へと大人になって巣立たなければならない。
子どもとは「与えられる側」で、大人は「与える側」です。
誰かに、大切な人に、会社に、社会に与える力を持ち、自分が必要とされること。
自分が与えることが、誰かを幸せにし社会に貢献する。
そのことが自分の幸せでもあると行動するのが『大人』です。
これは理想論ではないのです。憧れや夢を持った子どもの方が
『大人』になりなすいでしょう。
でも、どんな子であっても、
その過程で紆余曲折し自分に疑問を抱き自己否定を繰り返しながら成長して
『大人』になっていかねばなりません。
その過程を見守り適切な時期に社会にお返しするまでが子育てです。
そして、これは沢山の子達と巡り会えた私の確信ですが、「
人は自分の為以上に、大好きな人に(親に)喜んでもらう事、
笑顔をもらう事が何より自分の喜びであると、先天的に知っている。」というものです。
つまり自分が将来困らない為では、なかなか意欲は湧きにくい…。
いつか〇〇になったらどれだけの人の笑顔が見れるだろう、と思うほうが、
□□ってカッコイイよりも、もっともっと心楽しくワクワクするはずです。
憧れは遠いヒーローではなく、ごく身近にいる大人から始まります。
ワクワクの種をたくさんたくさん植えていきましょう。
春、芽吹きも間近です。
2010年3月 通信~ニュースレター~![]()