大人が子どもに語り継ぐこと
通信に幾度となく目標についてお伝えしています。
子供達が、人として大志を抱き、叶えるための手段を勉強を通して得たり、
小さな目標を達成することで掴んで貰いたいからです。
「家の子は、何の取柄も無い。スポーツも芸術面もプロに成れるほどのセンスは無く、
知能も努力して普通だから、せめて○○は継続出来たというものを持たせたい。」
とお稽古事を推奨される御家庭もあります。子を持つ親としてその気持ちは痛い程解ります。
「△△が出来るようになった!」「昇格した!」と嬉々とした子供の笑顔、
その為に励む姿を見ることは、何にもヤル気を示さない事よりはるかに
今を活き活きと生きている手応えがあります。振り返って、勉強しか遣って来なかった。
と言う学生時代はさぞや味気の無いものに感じるかもしれません。
でも、だから勉強以外のことにも精を出させたい。と思われる前に、
そもそも勉強とは何の為に遣るのかをもう一度考えてみてください。
高学歴、高収入を得て楽な暮らしをする為ですか?
楽な暮らしとはいったい何なのでしょう?良い暮らしの基準はあるのでしょうか?
衣食住がある程度のレベルで保たれていることですか?
「とにかく、生きていかねばならないのだから」との声が聞こえそうです。
“生きる為に…。”これは一つの真理です。でも、現在の日本の生活水準に於いて生きる為は、
食料の確保では無いでしょう。自分が快適に生きる為にが( )の中に括られます。
そこには、個人主義=自分さえ、自分の暮らしが良ければ、の影が潜みます。
そして(衣食住足りるための勉強+αも添えてやりたい)も この延長線上にあります。
しかし、勉強は個人の私利私欲の為に、衣食住の快適さの為にのみあるのではありません。
勉強は夢を叶える為にあります。
人は、人との関わりによって、その存在を認められます。
無人島で金塊を見つけても、一人では使い道もありません。
あるいは、ヒットラーのような独裁は、YESマンばかりで心からの共感は得られないでしょう。
どんなに高笑いしても相手が居なければ虚しく響くだけです。
人の中で生かされ、育まれた子ども達が、社会に何ができるか。何を持ってやりがいとするか。
大切な子供達が、必要とされる社会を思い描いて下さい。
どの子供達も社会に貢献し、世界を変えうる核を持っています。
それは、とても大それたことでは無く、夢を持った子供達にとっては、
むしろとても自然なことです。“医者になりたい”
“野球選手になりたい”“宇宙飛行士になりたい”子供の夢を聞いてあげて下さい。
大人はまず子供達に、夢を抱かせましょう。
そして、夢を語り始めた子供達に、なぜ、それになりたいのか?
夢が叶った社会はどうなっていて欲しいか、と広げて下さい。
子供達はもっと夢を膨らませるでしょう。“みんな長生きして欲しいから、医者に成りたい”
“視力が良くなったら、みんな綺麗に見えたから”
“野球の面白さを沢山人に知って欲しいから”“宇宙旅行に連れて行きたい”
この純真な想いの一つひとつが世界を支えていきます。大人になったら…。
大人になっても。ずっとずっと…。
親は子供の笑顔を望むものですが、親以上に子供は大好きなお父さん、
お母さんが笑っている顔を見たいと思っています。これが幸せの手応えです。
2010年8月 通信~ニュースレター~①![]()