人間の可能性は無限なんだ!ということがわかる心温まる話ヘレンケラー。目が見えない、耳が聞こえない、話せない…
三重苦という完全なる闇を抱えながら、アニーサリバンという最高の師と出会い、世界の福祉制度を変えた、誰もが知る偉人。
今から私がお話しするのはヘレンケラーのことではなく、100年ほど前にアメリカのニューイングランド州の病院に勤めていた、一人の『お掃除のおばさん』のお話(^^♪
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おばさんの働く病院には『緊張型精神分裂症』と診断された9歳の女の子が入院していた。
女の子は幼くして両親と生きれ弟と一緒に施設に引き取られたが弟もほどなくして亡くなり、大きな悲しみに暮れた少女はそのショックから視力を殆ど失って追い打ちをかけるようにこの重い心の病にかかってしまった。
著名な医師たちが彼女を診断するが、治る見込みはないという事。
当時は精神障害に対して差別も色濃かった時代であり、彼女は一日のほとんどを、鉄格子のついた病室のベッドに横たわって過ごした。
笑うことも、言葉を発することもなく、ただ死を待つばかり。
おばさんは、少女の部屋の周りを
毎日掃除しにやってきた。
おばさんにも、同じくらいの年の
娘がいるので不憫に思いながら…
時折声をかけをしてみた。
『元気?』
「……」
『いいお天気だよ。あんた、今日も全然食べてないじゃない』
「………」
『少しは食べ元気出さなきゃね』
「・・・・・・・・・」
少女は表情一つ変えることはなかった。そこでおばさんは毎日病室の前を去る前に、ちょんちん、とホウキの柄で少女の肩を優しくつついてあげることにした。
直接触れることはできない、でもホウキなら…
『明日も来るからね』
ちょんちょん。
『ご飯持ってきたよ』
ちょんちょん。
ちょんちょん。
『さあ、今日も廊下を
きれいにしておいたからね』
なでなで。
鉄格子の間からホウキを差し入れて、そっとつついたり撫でたり。
そんなことしかしてあげることはできなかったが、それでも何かせずにはいられなかった。
それから三か月ほど経ったあ日小さな変化が起きた。
おばさんが病室の前に行くと、いつもベッドに横たわっていた少女が、座っている。
『あれ!
今日は顔色もいいじゃない!
具合がいいの?』
「……」
『良かったね、今日はおばさん張り切ってきれいにしておくかね』
「………」
きれいにしておいたからね』
なでなで。
鉄格子の間からホウキを差し入れて、そっとつついたり撫でたり。
そんなことしかしてあげることはできなかったが、それでも何かせずにはいられなかった。
それから三か月ほど経ったあ日小さな変化が起きた。
おばさんが病室の前に行くと、いつもベッドに横たわっていた少女が、座っている。
『あれ!
今日は顔色もいいじゃない!
具合がいいの?』
「……」
『良かったね、今日はおばさん張り切ってきれいにしておくかね』
「………」
『また明日ね』
ちょんちょん。
それから少女は、少しずつご飯お盆を手で受け取れるようになりほんの一言ずつ言葉を発するようになり、弱視ながら視力を取り戻して、笑顔まで見せるようになった。
偉い医師たちが匙を投げた少は、
やがて奇跡のような回復を遂げていった。
それから約10年後。
この病院の院長は、アラバマ州から来た紳士からある相談を受ける。
紳士の子どもが重度の障害児で世話をしてくれる人を探しているという。その頃、あの少女は19歳になっていた。院長は自信を持って、彼女を紳士に紹介した。
彼女の名は、アニーサリバン。
病室でただ死を待つだけだったあの少女。
ヘレンケラーの世界的偉業は、アニーサリバンの存在があったからこそ、という事実は私たち誰もが知るところだが、ではそのアニーサリバンは誰によって未来への扉をひらかれたのか。
ホウキの先ほどの、小さな愛。
どんな大木も、たった一粒の種から生まれ、どんな大企業も、たった一人の志から始まる。
私たちは『いい世界を創う!』などと聞くと『私なんかにそんな大きなことはできない…』と思ってしまいがちだが、あなたのたった一言、たった一つの愛の行動が、今日もあなたがいる場所の片隅にあたたかな火を灯し、やがて世界を変える大きな力になるかもしれない。
『今日はどんな一歩を踏み出しますか?』(終)